イリーサは大金持ちなのに、大変なけちん坊です。
「けちん坊イリーサ。大金持ちのけちん坊イリーサ」
みんなはそう言って、イリーサをからかいました。
ある日、イリーサは王さまに呼ばれてご殿に行った帰りに、道ばたでおまんじゅうを食べているお百姓に会いました。
イリーサは、つばをゴクリと飲み込みながら言いました。
「おいしそうだなあ。わたしに一つくれないか?」
「だんなは、お金持ちでしょう。家へ帰って、たくさんつくればいいじゃないか」
そう言ってお百姓は大きな口を開けて、おいしそうにパクリと食べました。
イリーサは家に帰って来てもおまんじゅうの事ばかり考えて、とうとう頭が痛くなって寝込んでしまいました。
奥さんが、イリーサに聞きました。
「あなた、ご病気ですか? それとも心配事ですか?」
「ちがうよ」
「わかった。ご殿で王さまに、しかられたのでしょう?」
「ちがうったら」
イリーサは小さい声で、おくさんに言いました。
「実は???、おまんじゅうが食べたいんだ」
「まあ、ほっほっほ。
家は、お金持ちですもの。
おまんじゅうぐらい、百個でも千個でもつくりましょう。
そうだ、たくさんつくって、町中の人にわけてあげましょう」
おくさんはニッコリ笑いましたが、イリーサは頭をブルブルと横に振りました。
「町中の人だって!?
とんでもない!
そんなにたくさんおまんじゅうをつくるなんて、わたしは絶対反対だ!」
「なぜですか?」
「それだけ、メリケン粉や砂糖(さとう)が減るじゃないか。
それに、たきぎだってもったいない。
まったくお前のおかげで、ますます頭が痛くなってきたよ」
「それじゃ、ご近所の人だけにしましよう。子どもたちがきっと喜ぶわ」
「だめだ、だめだ! ご近所にあげるなんて、もったいない!」
「それじゃ、家で食べる分だけつくりましょう。
あなたとわたしと、子どもたち。
それに召使いにも、一つずつあげましょうね」
「だめだ! 召使いにもだなんて、もったいない」
「じゃ、あなたとわたしと子どもたちだけなら、いいでしょう?」
「ふん! 子どもになんか、やるものか」
「困った人ね。
いいわ、あなたとわたしのだけにしましょう」
「えっ?
???お前も、食べるのかい?
そんな、もったいない。
わたしのだけ、一つつくればいいんだ。
それと上等の粉や砂糖なんか、つかっちゃいけないよ。
みんなに知られないように、コッソリとつくるんだ。
いいかい、くれぐれも一つだけだよ」
「はい、はい、はい、はい。???ほんとにもう、けちん坊なんだから」
奥さんは、すっかりあきれてしまいました。
イリーサと奥さんは、こっそり七階の部屋にあがってかまどに火をつけました。
おナベの中で砂糖がとけて、おいしそうなにおいがしてくると、イリーサはソワソワしてあたりを見まわしました。
「誰も、のぞいてないだろうな」
と、言ってビックリ。
見た事もない大目玉の男が空中に逆立ちして、窓から部屋の中をのぞき込んでいるではありませんか。
「こらっ、あっちへ行け! お前に分けてやるおまんじゅうなんかないからな」
イリーサがあわてて怒鳴ると、男は知らん顔で空中にあぐらをかきました。
「しつこい奴だなあ。
絶対に、おまんじゅうはあげないぞ。
そんな事をして、わたしをけむにまこうってつもりかい」
するとモクモクモクと本当に大目玉の男の体から煙(けむり)が出て、部屋中に広がりました。
これにはさすがのイリーサも、まいりました。
「エホン、ゴホン。エホゴホン!
仕方がない、小さいのを一つつくってやってくれ」
奥さんが粉をすくってナベにおとすと、「チン」と音を立てておまんじゅうはみるみるうちにナベいっぱいにふくれあがったではありませんか。
「おお、もったいない。お前はなんてむだな事をするんだ」
イリーサはあわてて大きなおまんじゅうをかくすと、今度は自分でほんの少し粉をおとしました。
ところが、
「チーン」
おまんじゅうは前よりも、もっと大きくふくれてしまいました。
つくるたびに、おまんじゅうは大きく大きくふくれるばかりです。
イリーサは、真っ赤になって怒鳴りました。
「仕方がない。一番小さいのを一つあげなさい」
奥さんは、カゴからおまんじゅうを取ろうとしました。
と、不思議な事に、おまんじゅうは一つにくっついてお化けのように大きくなってしまったのです。
「お前は、へまばっかりやっている。どれ、わたしに貸してごらん」
イリーサがカゴに手を入れると、おまんじゅうはやっぱり一つにくっついてしまいます。
「不思議ねえ」
イリーサと奥さんは、おまんじゅうを両方から引っ張りっこしました。
ところが引っ張れば引っ張るほど、おまんじゅうはくっついてしまうのです。
二人とも、もうヘトヘトに疲れてしまいました。
それでも、おまんじゅうはちぎれません。
「ええい、にくいまんじゅうめ! もう、カゴごとお前さんにくれてやる」
腹を立てたイリーサは、おまんじゅうの入ったカゴをポイと窓の外に投げました。
すると、大目玉の男は、
「ありがとう。さっそく町の人たちに分けてあげますよ」
と、カゴをヒョイと肩にかけて、どこかへ消えてしまいました。
「へんな奴だなあ」
「ほんとにねえ」
奥さんはニコニコして、けちん坊でないイリーサを見ました。
「でも、あなた。良い事をしましたね」
「ああ、お腹は空いたけど、心が暖かくなってきたよ」
イリーサは、満足そうに言いました。
おまんじゅうは食べられませんでしたが、良い事をすると心が暖かくなるのです。