おじいさんの息子は、病気になって死んでしまったのです。
おじいさんにとって、もうすぐお嫁さんから生まれてくる子どもだけが楽しみでした。
やがて子どもが生まれましたが、その子どもは何と人間の赤ちゃんではなくて、田んぼに住んでいるタニシだったのです。
あまりの事に、お嫁さんは一日中泣いていました。
それを見たおじいさんは、
「そんなに泣いてばかりいると、お前の体に良くない。いっその事、このタニシは捨ててこよう」
と、タニシを村はずれの田んぼに捨てに行きました。
「可愛い孫よ。お前が人の子であったら、どれだけよかったか。これからはタニシの仲間と一緒に、仲良く暮らしておくれ」
こうしてタニシを田んぼに捨てたおじいさんは、家に帰るとお嫁さんと二人して一晩中泣き明かしました。
さてあくる朝、お嫁さんがふと枕を見ると、何とタニシが枕の上にいたのです。
「まあ、この子ったら、どうやってここまで来たのでしょう」
タニシを見ると、小さな体が傷だらけでした。
きっと遠い田んぼから、のろい足で夜通しはって来たにちがいありません。
お嫁さんは、タニシを抱きしめました。
おじいさんも胸をうたれて、涙をこぼしました。
その時、タニシが人間の言葉を話したのです。
「お母さん、ぼくをもう、どこヘも捨てないで」
「ああ、二度と捨てないよ。だけど、これから先どうやって、お前を育てたらいいんだろうねえ」
「それらな、ぼくを水がめのそばにおいてください。それだけで、いいんです」
そこでおじいさんとお母さんは、タニシを庭(にわ)の水がめのそばで育てる事にしました。
ある日、おじいさんが町へ出かけようとすると、
「おじいさん。ぼくも連れて行ってよ」
と、タニシが言いました。
「連れて行けと言っても、お前みたいな足ののろい子を連れて歩けやしないよ」
「では、おじいさんのカゴの中に入れてよ」
「なるほど」
おじいさんはカゴの中にタニシを入れて、こぼれ落ちない様に気をつけながら町ヘ出かけました。
町で買い物をすませて帰ろうとすると、カゴの中からタニシが大声で言いました。
「おじいさん。あのぶちイヌを買っておくれ」
見ると、そこはイヌ屋の前でした。
イヌ屋には、可愛い小イヌがたくさんいます。
それなのにタニシの欲しがっているぶちイヌは、年老いた汚いやせイヌです。
それでもおじいさんは、孫の言うままにそのイヌを買ってやりました。
家に帰るとタニシは、おじいさんとお母さんにイヌを紹介しました。
「お母さん。この小イヌは、ぼくのむかしからの友だちです。これからは『大臣(だいじん)さま』と、呼んでください」
「『大臣?』。こいつが大臣だって?」
おじいさんは、ビックリして聞き返しました。
「しかしお前、生まれて間もないのにむかしからの友だちだなんて、どういうわけだい?」
「今はわけを話せませんが、本当に『大臣』なのです。『大臣』には、水をちょっぴりやってくださればいいです」
タニシがあんまり不思議な事を言うので、おじいさんとお母さんは目を丸くしました。
ところが、不思議な事はまだありました。
あくる日、タニシはまたおじいさんと町ヘ行って、今度は片目の悪い小ネコをねだって買ってもらいました。
「お母さん。『将軍(しょうぐん)さま』を連れて来たよ」
タニシは、得意そうに言いました。
『将軍』も『大臣』と同じ様に、水をちょっぴり飲むだけで物を食べません。
この二匹はタニシの命令なら、どんな事でも聞きました。
そしてタニシのそばから離れないで、いつもタニシを守っていました。
こうして、一年が過ぎました。
タニシと、イヌと、ネコは、あいかわらず水がめのそばで、仲良く暮らしていました。
ある日の夕方、お母さんがごはんの仕度をしていると、『大臣』がかけてきました。
「ワン! ワン! ワン!」
『大臣』は吠えながら、お母さんの着物のすそをくわえて引っ張ります。
「よしよし。あの子が、何か用事があるんだね」
お母さんはそう言って、タニシのところヘかけてきました。
タニシに用事がある時は、こうして『大臣』か『将軍』が呼びに来るのです。
「お母さん」
タニシお母さんを見上げると、大変な事を言いました。
「ぼく、さびしいの。お嫁さんをもらってください」
「お嫁さんだって!」
「ええ、もう相手を決めています。
ぼくは、王さまのお姫さまをもらいます。
お姫さまは、仙女(せんにょ)さまの様にきれいな方です。
どうか、誰かを王さまのところへやって頼んでください」
お母さんとおじいさんに相談をして、取りあえずタニシの言うとおりに、隣のおばあさんに使いを頼みました。
隣のおばあさんは都に行くと、王さまの前に進み出て言いました。
「王さま、わたくしはお姫さまの為に、お婿さまのお世話をしたいと思います」
「それはごくろう。で、どこの王子かな? それとも貴族(きぞく)かな?」
「いえ、王子さまでも、貴族の若さまでもございません。実はその、隣の家のタニシめでございます」
「タニシだと! よくもわしをバカにしたな。よし、それなら、『三日のうちに、トラの涙と、生き返り草と、金のスズメを贈り物として持って来い。さもないと、殺してしまうぞ』と、タニシに言うんだ!」
王さまは、こぶしを振り上げて怒りました。
おばあさんは、まっ青になって村ヘ飛んで帰ると、おじいさんやお母さんに王さまの言葉を伝えました。
「これは、えらい事になった」
おじいさんもお母さんも話を聞いてまっ青になり、そしてオロオロしながらタニシにその事を伝えました。
ところがタニシは、
「ああ、そんな事なら、心配はいりません」
「そんな事って」
「大丈夫。『大臣』と『将軍』に力を借りれば何とかなりますよ」
タニシはそう言うと、『大臣』と『将軍』を呼んで何やら相談を始めました。
しばらくすると、タニシは、
「ではこれから、トラの涙を探しに行ってきます」
と、言って『大臣』の背中に乗り、『将軍』をお供に連れて出かけていきました。
イヌとネコは村を出ると飛ぶように走って、あっという間に南の山につきました。
山の中頃には、大きなトラのほら穴がありました。
イヌとネコはタニシを穴の入り口におろすと、サッと隠れました。
タニシが穴の奥へ入って行くと、中で大きなトラがグッスリと寝込んでいます。
タニシはトラの頭にはい上がると、トラの閉じたまぶたの上をくすぐりました。
すると、トラが目を開きました。
その時、タニシはピョンとトラの目の中に飛び込んだのです。
さあいきなりタニシが目に飛び込んできたので、トラは痛くてたまらず、ポロポロと涙をこぼしました。
タニシは急いでトラの涙を吸い込むと、地面に転がり落ちました。
そこへイヌとネコが飛び込んでタニシを拾い上げると、また飛ぶように家に帰って行きました。
二日目には、『大臣』が山奥から生き返り草を見つけてきました。
『将軍』も、金のスズメを捕まえてきました。
そして三日目の朝、お母さんはこの三つの贈り物を隣のおばあさんに渡して、王さまのところへ届けてもらいました。
「うむ。確かに、『トラの涙』と『生き返り草』と『金のスズメ』だ」
こうなれば、王さまも文句の言いようがありません。
そこで王さまは、二頭だての金の馬車(ばしゃ)に千人の騎兵(きへい)をつけて、タニシを迎えによこしました。
おじいさんとお母さんは、オロオロするばかりです。
イヌとネコが、タニシをその馬車に乗せてやると、自分たちも急いでその両側に乗り込みました。
行列(ぎょうれつ)は、音楽隊の音とともに、お城に向かって進みました。
すでにうわさが広まっていたのか、お城の広場には珍しいお婿さんをひと目見ようと、国中から人が集まっていました。
その中を金の馬車が、ゆっくりと入っていきます。
お祝いの大砲(たいほう)の音がとどろき、音楽が一段と高く鳴り響くと、やがて金の馬車は静かに止まりました。
人々の目が、いっせいに馬車へ向けられます。
その中をこの国の大臣が近寄って、馬車のとびらを開けました。
「あっ。これは、なんと!」
大臣は、思わず叫びました。
「これは、世界一素晴らしいお方だ!」
馬車の中から現れたのはタニシではなく、輝くばかりに美しい若い王子でした。
そしてその側にはイヌとネコではなく、立派な身なりの大臣と将軍がつきそっています。
この三人は、お城の誰よりも立派に見えました。
お姫さまは喜んで、この王子さまを笑顔で迎えました。
王さまも、お后さまも、王子の美しさに見とれるばかりです。
でも、一番びっくりしたのは、一緒について来たタニシのお母さんとおじいさんでした。
二人は何が何だかさっぱり分かりませんが、とにかくうれし涙を拭くばかりです。
それからのち、タニシだった王子は立派な王さまになり、国を平和に治めたということです。