ロザリーには三人のお兄さんがいましたが、お兄さんは三人とも結婚してそれぞれ別の家で暮らしています。
ですからロザリーは森に小さな家を建てて、一人ぼっちで住んでいました。
このロザリーの住んでいる森には、ウービルという大きな女の怪物がいました。
ウービルは人間だろうと動物だろうと、手当たり次第にのみ込んでしまう怪物です。
ある日のこと、久しぶりにお兄さんたちに会いたくなったロザリーは、朝早くからおみやげのケーキを焼くと、馬車(ばしゃ)を引くウマを出すために馬小屋に行きました。
そこへお腹を空かせたウービルがやって来たのです。
「おや? クンクン。ケーキの良いにおいがするぞ」
ウービルは台所に置いてあった焼きたてのケーキを見つけると、一口でのみ込んでしまいました。
「うむ、うまいケーキだった」
ウービルは満足すると、森へと帰って行きました。
さて、馬車の準備をすませたロザリーが台所に戻ってみると、ケーキがカゴごとなくなっているではありませんか。
(これはきっと、ウービルのしわざだわ)
ロザリーは仕方なく、もう一度ケーキを焼いて別のカゴにつめました。
それから馬車に乗ると、まずは一番上のお兄さんの家へ行きました。
すると後ろから、ウービルの恐ろしい声が聞こえてきました。
「ロザリー、お待ち! お前はケーキを持っているだろう。お前の馬車から、ケーキのにおいがプンプンするよ!」
ロザリーがビックリしてふり返ると、ウービルが馬車のすぐ後ろまでせまっています。
ロザリーはカゴからケーキを取り出すと、思いっ切り後ろへと投げました。
ウービルは立ち止まると、そのケーキを拾ってムシャムシャと食べ始めます。
(今のうちだわ!)
ロザリーは、前よりも速く馬車を走らせました。
でもウービルはすぐにケーキを食べ終わると、再び馬車を追いかけました。
「ロザリー、お待ち! あたいのお腹は、まだまだペコペコだよ!今度はお前を、食べてあげるから!」
ロザリーは馬車から飛び降りると、急いで馬車の車輪を一つはずして後ろへ転がしました。
「ウービル! これはドーナツよ!」
ロザリーがそう言うと、ウービルは転がってきた車輪を拾い上げて、ムシャムシャと食べ始めました。
ロザリーはそのすきに馬車に乗ると、ウマを走らせました。
車輪が三つしかない馬車はガタゴトゆれますが、何とか走りました。
ウービルは車輪をのみ込んでしまうと、再び馬車を追いかけました。
「ロザリー、お待ち! もう食べる物がないのなら、今度はお前を食べてあげるよ!」
ロザリーは馬車を止めると、残りの三つの車輪をはずして後ろへ転がしました。
「ウービル! ドーナツのおかわりをあげるわ!」
ロザリーは車輪のない馬車に乗り込むと、ウマに馬車をひきずって走らせました。
ウービルは転がってきた三つの車輪を次々と食べると、再びロザリーを追いかけました。
「ロザリー、お待ち! もう食べる物がないのなら、今度はお前を食べてあげるよ!」
車輪のない馬車では、はやく走れません。
ロザリーは馬車を止めると、馬車からウマをはずしてその背中に乗りました。
「ウービル! 今度はパンをあげるわ!」
ウービルは足を止めると、ロザリーが置いていった馬車を食べ始めました。
でもさずかのウービルにも、馬車を食べるには時間がかかります。
ロザリーはそのすきに、ウマをどんどん走らせました。
でも、ウービルはあきらめません。
ついに馬車を飲み込んだウービルは、再びロザリーを追いかけました。
「ロザリー、お待ち! お前を食べるまでは、あきらめやしないよ」
ついにウービルの手が、ウマの尻尾をつかみました。
「キャアー!」
ロザリーはウマから転がり落ちると、むちゅうで走りました。
ウービルはウマを持ち上げると、頭からゴクリとのみ込みました。
ところがのみ込まれたウマは、ウービルのお腹の中で大あばれしました。
「うげぇ!」
ウービルは気持ちが悪くなり、ウマを吐き出しました。
ウマはクルリと向きを変えると、家の方へと逃げ出しました。
ウービルはロザリーとウマのどちらを追いかけようかと考えましたが、
「やっぱり食べたいのは、ロザリーだね」
と、またもやロザリーを追いかけました。
「ロザリー、お待ち! お前を食べるまでは、あきらめやしないよ」
ロザリーは捕まりそうになるたびに、クツや服をスカーフを投げました。
ウービルはそのたびに足を止めて、口の中へと放り込みます。
そのうちに、あたりが暗くなってきました。
「おや? ロザリーはどこへ行ったんだ? ???まったく、こう暗くてはわかりゃしないよ」
ロザリーは暗やみにまぎれて逃げまわり、やっとの事で一番上のお兄さんの家にたどりつきました。
「兄さん、戸を開けて! わたしよ、妹のロザリーよ。ウービルが、怪物がそこまで来ているの!」
ベッドで寝ていたお兄さんは戸の音にビックリして飛び起きると、ロウソクに火をつけてげんかんに行きました。
「兄さん、早くとを開けて! ロザリーよ!」
ロザリーはすっかり疲れていて、声がガラガラです。
だからお兄さんには、その声が妹のロザリーだとは思えませんでした。
そこでカギ穴から外をのぞくと、ロザリーのはだしの足が見えました。
「お前は何者だ! 妹のロザリーはとてもぎょうぎの良い娘で、夜中にはだしで来るはずがない」
お兄さんはそう言うと、ベッドへ戻ってしまいました。
「ああ、だめだわ」
ロザリーは二番目のお兄さんの家へ行くと、ドンドンと戸を叩いて言いました。
「兄さん、戸を開けて! 妹のロザリーよ! ウービルにおそわれて、服もクツも取られてしまったの!」
しかし二番目のお兄さんも、ガラガラ声のロザリーの言葉を信じようとはせず、
「何がロザリーなもんか。妹はそんなガラガラ声じゃないし、夜中に戸を叩くようなれいぎ知らずじゃない! とっととうせろ!」
と、言いました。
「ああ、ここもだめだわ」
ロザリーはまたかけ出して、今度は三番目のお兄さんの家に行って、戸をドンドンと叩きました。
「兄さん、戸を開けて! 妹のロザリーよ。ああ、はやく! ウービルが、もうそこまで」
ロザリーと聞いて、三番目のお兄さんはすぐに戸を開けようとしました。
すると三番目のお兄さんの奥さんが、お兄さんに言いました。
「あんなひどい声がロザリーだなんて、とんでもない! はやくあっちへ行くように言ってちょだい!」
「確かにひどい声だけど、でもひょっとしたら本当のロザリーかも」
「とんでもない! ドロボウかもしれないわ!」
そのとき、またロザリーが言いました。
「お願いだから、戸を開けて! 声はガラガラでも、間違いなく妹のロザリーよ!」
「あなた、信じてはだめよ! きっとドロボウに違いないんだから!」
「しかし???」
そこでお兄さんは、外にいるロザリーに言いました。
「誰だか知らないけど、こんな夜中に家へ入れるのは無理なんだ。でもよかったら、なやの中でおやすみ」
ロザリーはあわててなやに飛び込むと、中からカギをかけました。
そこヘ、ウービルがやってきました。
「おや? 確かこのあたりから、ロザリーの声が聞こえたはずなのに」
ウービルは、暗がりの中を探し回りました。
ウービルが歩く度に地面がゆれ、そばにいたイヌがほえ出します。
「うるさいイヌだね」
ウービルはロザリーの代わりにイヌを丸のみすると、あきらめて帰って行きました。
翌朝、お兄さんがなやに行くと、中からカギがかかっていました。
そこで天井のすきまから中に入ると、妹のロザリーが下着一枚で倒れていました。
「ロザリー、しっかりしろ! ロザリー!」
お兄さんはロザリーを抱きかかえると、急いで家の中に運びました。
「おい、見てみろ。これのどこがドロボウだ! ああ、あの時に、戸を開けてやるんだった」
「ごめんね、ロザリー」
奥さんも涙を流しながらロザリーを抱きしめると、ロザリーをベッドに寝かせて口にワインを流し込んであげました。
やがてロザリーのほほに赤みがさし、息を吹き返しました。
「ああ、あたし、助かったのね」
ロザリーはゆうべの事を、残らず二人に話しました。
するとお兄さんは鉄砲を用意して、奥さんに言いました。
「大事な妹にひどい事をした怪物をやっつけてやる! ロザリーと家の事を頼んだぞ」
三番目のお兄さんは、上の二人のお兄さんのところへ行きました。
「それじゃ、ゆうべたずねてきた娘は、本当にロザリーだったのか」
「ああ、おれは妹になんてひどいことをしたんだ」
「家に入れなかったのはおれも同じだ。せめてものつぐないに、あの怪物をやっつけよう」
そこで三人は、ウービルのいる森へ出かけました。
三人は森を進むと、大きな木の下にウービルが大の字になって眠っていました。
「さあ、木に登ろう。上から撃ち殺すんだ」
三人はそっと木に登ると、眠っているウービルの頭めがけて鉄砲をかまえました。
「それっ!」
三人は同時に鉄砲を撃ちましたが、ウービルは鉄砲の玉が当たっても平気で、目を覚ましただけでした。
「おや? 木の上に朝ご飯がいるぞ」
ウービルは起き上がると、木をユサユサとゆさぶりました。
「この怪物め!」
三人は木から落ちないようにふんばると、鉄砲を撃ち続けました。
それでもウービルは平気で、大きな口を開けると飛んでくる鉄砲の玉をうまそうにのみ込みます。
やがてウービルは木を引き抜くと、自分の顔の上に持ち上げて、根元から口の中へ詰め込みはじめました。
「ああ、鉄砲の玉がなくなってしまった!」
「 もうお終いだ!」
一番目のお兄さんと二番目のお兄さんは、あきらめて鉄砲を投げ出してしまいました。
その時、三番目のお兄さんはお守り代わりに持っている小さな銀貨を思い出しました。
むかしから銀は、怪物をやっつける力があると言われています。
三番目のお兄さんは、その銀貨を鉄砲に詰め込むと、
「神さま、どうかお助けください」
と、神にいのり、ウービルのお腹めがけて銀貨の玉を打ち込みました。
「ウギャアアアー!」
ウービルはものすごい叫び声とともに、ドシンと倒れました。
「やった! ウービルをやっつけたぞ!」
お兄さんたちは手を取り合って、ウービルを倒したことを喜びました。
お兄さんたちの知らせを聞いて、ロザリーも飛び上がって喜びました。
「ありがとう。これで安心して暮らせるわ」
ロザリーはお兄さんたちに別れを告げると、森の小さな家に帰って行きました。
ロザリーを出迎えてくれたのは、ウービルがはき出したウマだけです。
でも、ロザリーの一人暮らしは、長くは続きませんでした。
なぜならロザリーは、間もなくお金持ちの息子と結婚して、幸せに暮らしたからです。