将美国总统称为“乏味的人”是件很奇怪的事,但第30任总统柯立芝就是以沉默、无为的形象示人。因为现任总统猝死,他成为了总统。人们讴歌1920年美国经济繁荣的盛况,即使什么也不做,经济也很是活跃。
動かず、語らずで「サイレント」とあだ名され、称賛か揶揄(やゆ)か「何もしないことを芸術の域まで高めた」などと評されたのを前にも紹介したことがある。その人の名がここに残っていたかと、オバマ大統領のキューバ訪問で知った。
因为不动作,不说话,人们给他起了个外号,叫“Silent”(沉默寡言的人),这是称赞还是赞美呢?本栏以前也曾介绍过这样一句评论,“将无所作为提高到了艺术的领域”。那么,这个人的名字还留在那里吗?通过美国总统奥巴马访问古巴得到了答案。
クーリッジ以来88年ぶりの、現職米大統領の訪問となった。88年前といえば日本は昭和3年。遠さがわかる。傘をさして夫人や娘2人と専用機から降りたオバマ氏は、自らが言う「歴史的な一歩」を、かつて激しく敵対した地にしるした。
时隔柯立芝访问古巴88年,现任美国总统再次访问古巴。说起88年前,换成日本纪年就是昭和3年。这真是一段很长的时光。奥巴马总统自己撑着伞和夫人、两位女儿从专机上下来,他说,在曾经激烈敌对的土地上留下了“历史性的一步”。
奇(く)しくもオバマ氏は、両国が国交断絶した61年に生まれた。米ソが一触即発となったキューバ危機は翌年に起きる。カリブ海に浮かぶ島は、社会主義陣営が米国に突きつけたナイフに例えられてきた。
巧的是,奥巴马氏生于两国绝交的61年。美苏一触即发的古巴危机就发生在第二年。浮在加勒比海面上的岛,被比作社会主义阵营刺向美国的一把匕首。
長い敵意の歴史は、二つの「利益」をテコに動いたといえる。経済を立て直したいキューバと、後世に残す大きな遺産(レガシー)をつくりたいオバマ氏。双方に思惑があり、越すべき課題はなお多いが、世界はおおむねこの「握手」を歓迎する。
可以说这段长期敌对的历史,是两种“利益”的博弈。意图重振经济的古巴和想在后世留下丰富遗产的奥巴马。虽然对于双方而言,还有很多问题,但世界上绝大部分人对这一“握手”表示欢迎。
現地では、世界遺産の旧ハバナ市街を歩くオバマ一家に「USA」のかけ声も飛んだそうだ。新しい世代が新しいたいまつに火をともしたと思いたい。風雨でかき消えないことを願う。
在当地,人们冲着漫步于世界遗产之一——哈瓦那街头的奥巴马一家喊“USA”。希望新的一代点燃新的火炬。但愿不要因为风雨而熄灭。