南苏丹在经历延续半个世纪的内战后,终于在2011年独立建国了。我依然记得那张将其独立前的内战惨状表现得淋漓尽致的照片。哈根华希发现距他很近的地方有一个因饥饿而蜷成一团的少女。因为这张照片,他获得了1994年的美国普利策奖。
「南スーダンの首都ジュバで戦闘はない」。そう言い続けてきた政府が、唐突にジュバから自衛隊を撤収すると決めた。驚きの政策変更である。
“南苏丹首都朱巴没有发生战斗”,一直如此宣城的政府突然做出从朱巴撤回自卫队的决定。这真是令人瞠目结舌的政策转变。
現地の状況について政府の説明は破綻(はたん)気味だった。安倍晋三首相は「永田町と比べればはるかに危険」と珍妙な言い方をした。ジュバで戦闘があっても、稲田朋美防衛相は「国会答弁で憲法9条上の問題になる言葉は使うべきでない」と言い張り、戦闘だと認めなかった。
对于当地情况,政府的解释一直存在漏洞。安倍晋三首相曾打过这样一个耐人寻味的比方,“相比永田町,那里危险得多。”退一万步来讲,即便朱巴发生战斗,按照“在国会答辩上,不应该谈这些涉及宪法第九条的词语”这一防卫大臣稻田朋美的主张,政府不承认那是战斗。
「駆けつけ警護」の任務を新たに与えてから、まだ4カ月もたっていない。積極的平和主義の名の下に憲法解釈まで変えて可能にしたのは何だったのか。
距离政府下达“现场警卫”任务才过去不到四个月。(为了海外派兵)不惜打着积极和平主义的名号改变宪法解释,而现在又做出撤军决定,究竟发生了什么?
南スーダンにこんな昔話がある。牛と野牛が人間に母を狩られて憤る。野牛は「人間を片っ端から殺してやる」。牛は「人間に乳をやれば人間同士で殺し合う」。牛の読みは当たり、牛をめぐって人間は戦争を始める(『ライオンの咆哮〈ほうこう〉のとどろく夜の炉辺で』)。残念ながら、いまも民族間の争いは絶えない。
在南苏丹,有这样一则老话。牛和野牛因为它们的母亲被人类捕杀而怒火冲天。野牛说,“我要杀光人类”,而牛却说“我会给人类乳汁,让他们互相残杀”。正如牛预计的那样,为了牛,人类发动了战争(《狮子的咆哮,炉边夜话》)。
「平和の守り神として精強なる自衛隊を築き上げてほしい」。首相は昨秋、観閲式で述べた。生身の隊員たちが灼熱(しゃくねつ)の地で向き合う労苦より、「海外での自衛隊の活動拡大」という実績づくりが優先されたように思えてならない。
“建立一支强大的自卫队,使其成为和平的保护神”。去年秋天,首相在阅兵式上如此讲到。相比体恤一个个活生生的自卫队员在炙热之地吃苦受罪,政府考虑更多的是立下“扩大自卫队海外活动范围”功劳吧。