「今後、火事を起こした者には切腹を申しつける。そのように触れを出せ」
と命じました。正信は承知しましたと言って引き下がりました。翌日、正信が出仕してくると、家康は昨日の件は触れ出したかと尋ねました。ところが、正信は、
「あれから思案いたしましたところ、妥当なご沙汰ではないと思い、触れ出すのを差し控えました」
と答えました。むっとして気色ばんだ家康が、そのわけを問うと、正信は次のように答えました。
「もし四天王の井伊直政の屋敷から火が出たとして、切腹を申し付けることができましょうか。小身の者は切腹させ、大身の者は切腹させないという不公平が行われると、天下の政治は成り立ちません」
これには家康も納得し、切腹云々の件は沙汰やみとなりました。