これ以後、貿易相手国はオランダと中国に限定され、オランダ人は全員、4000坪の人工島である”出島”に移住させられました。商取引のすべてはここで行われ、彼らが出島から出るのは厳しく禁じられました。しかし、島の中には畑や家畜小屋、病院などもあり、生活に支障はありませんでした。
また、長崎丸山の遊女は自由に出入りできたので、性的欲求も満たされていました。なかには商館長カピタンやシーボルトのように、遊女との間に子供をもうけた者や、遊女に真剣に惚れて、失恋の悲しみから自殺したオランダ人もいたといいます。