「僕は嘘うそをついてはいけない」と書いた。手の甲こうに刻きざまれた傷口きずぐちが開いて、また血が出てきた。
「僕は嘘をついてはいけない」傷が深く食い込み、激はげしく疼うずいた。
「僕は嘘をついてはいけない」血が手首を滴したたった。
ハリーはもう一度窓の外を盗み見た。いまゴールを守っているのが誰か知らないが、まったく下へ手たくそだった。ハリーがほんの二、三秒見ているうちに、ケイティ・ベルが二回もゴールした。あのキーパーがロンでなければいいと願いながら、ハリーは血が点々と滴った羊皮紙に視線しせんを戻した。
「僕は嘘をついてはいけない」
「僕は嘘をついてはいけない」
これなら危険はないと思ったとき、たとえばアンブリッジの羽は根ねペンがカリカリ動く音、机の引き出しを開ける音などが聞こえたときは、ハリーは目を上げた。三人目の挑ちょう戦せん者しゃはなかなかよかった。四人目はとてもだめだ。五人目はブラッジャーを避よけるのはすばらしく上う手まかったが、簡単に守れる球でしくじった。空が暗くなってきた。六人目と七人目はハリーにはまったく見えないだろうと思った。
「僕は嘘うそをついてはいけない」
「僕は嘘をついてはいけない」
羊よう皮ひ紙しはいまや、ハリーの手の甲こうから滴したたる血で光っていた。手が焼けるように痛い。次に目を上げたときには、もうとっぷりと暮れ、競技場は見えなくなっていた。
「さあ、教きょう訓くんがわかったかどうか、見てみましょうか」それから三十分後、アンブリッジがやさしげな声で言った。
アンブリッジがハリーのほうにやってきて、指輪ゆびわだらけの短い指をハリーの腕に伸ばした。皮ひ膚ふに刻きざみ込こまれた文字を調べようとまさにハリーの手をつかんだその瞬しゅん間かん、ハリーは激痛げきつうを感じた。手の甲こうにではなく、額ひたいの傷きず痕あとにだ。同時に、体の真ん中あたりになんとも奇き妙みょうな感覚が走った。
ハリーはつかまれていた腕をぐいと引き離はなし、急に立ち上がってアンブリッジを見つめた。アンブリッジは、しまりのない大口を笑いの形に引き伸ばして、ハリーを見つめ返した。
「痛いでしょう」アンブリッジがやさしげに言った。
ハリーは答えなかった。心臓がドクドクと激はげしく動悸どうきしていた。手のことを言っているのだろうか、それともアンブリッジは、いま額に感じた痛みを知っているのだろうか
「さて、わたくしは言うべきことを言ったと思いますよ、ミスター・ポッター。帰ってよろしい」
ハリーはカバンを取り上げ、できるだけ早く部屋を出た。