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落語特選41

时间: 2019-09-22    进入日语论坛
核心提示:王子の幇間「おい、店先へだれか来てるよ。お光」「旦那、神田の幇間《たいこもち》の平助が参りました」「しょうがないねぇ、あ
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王子の幇間

「おい、店先へだれか来てるよ。お光」
「旦那、神田の幇間《たいこもち》の平助が参りました」
「しょうがないねぇ、あいつは。いっぺん家《うち》を覚えるとのべつ[#「のべつ」に傍点]に来る、困ったやつだ」
「門口へ�平助入るべからず�という札《ふだ》を貼っておきましたら、自分で剥《はが》して持って来て、この紙を二十枚貯めて取替紙にするなんて、ほんとうにあの男はしゃァしゃァしているんですよ」
「うん。こないだも、おれの靴を片っぽあいつが盗んでおきゃァがって、『旦那、片っぽじゃァ半端だからください』って、一足に纏《まと》めやがって……それをおれのところへまた売りに来やァがった。『靴なんてものは、他人《ひと》の靴なんて履けやァしない』って言ったら、『いいえ、旦那にぴったり合います』って、冗談じゃァない、合うわけだよ、おれの靴じゃァねえか、じつにどうも、悪いやつが出入りをするようになったもんだ」
「あなたは芸者の家かなにかに行って、あの男に弱い尻でも捕《つか》まれているんでしょう?」
「なにそんなことはない」
「いえ、このごろではだいぶ向島へお出かけになりますことを聞いて、残らず承知しています。旦那さま、こう遊ばせ、今日は留守だってことにいたしましょう。あの男は人がいないと悪口ばかり言うやつでございますから、思うさまさんざあなたの悪口を言わせて、そこへあなたがお出になって談じつけ、あいつをふんじばって蔵の梁《はり》へ吊し上げてやるか、庭の松の木へ縛《しば》りつけて、洋犬《かめ》をけしかけてやりましょう」
「いや、あいつは洋犬が嫌いだもんだから、始終|懐中《ふところ》にちゃんと角砂糖を所持しているくらい抜け目のないやつだが、……そうだな、そうしてやろうか」
「それでは奥へ隠れていらっしゃいまし、どんなことがあっても絶対に出て来ちゃァいけませんよ……竹や、旦那のほうへお布団とお茶を持って行きなさいよ。……あら、平助のやつ、もう勝手口から入って来ましたよ」
「へえ、こんにちは……平助でございます。まことに不順な時候で、どうもみなさん、感心でげすね。お店のかたがご主人に陰《かげ》|日向ひなた≫なく、真っ黒ンなってお働きンなる。ェェご主人が万代ですな、へえ。……清どん、清どん、ェェあなたは評判がいい、あなたァえらいンですってねえ、すべてが行き届いて、人間が親切で……恐れ入りやしたねえ」
「小僧から先に取り巻こうと思って、嫌なやつ……」
「おや、長松どん、感心だね、お頭髪《つむり》がうれしいね、束髪《そくはつ》がちと前へきすぎたようでげすぜ。少しへんてこの束髪だね、その代り寝相が悪くって、この束髪はたいそう前のほうへ出やしたね。弁慶《べんけい》の兜巾《ときん》束髪というのでござりますなあ。目は鯨《くじら》、頬は|赤※[#「魚+覃」、unicode9c4f]《あかえい》、鼻|比目魚《ひらめ》、魚河岸へ持って行けば幅がききやしょう。着物が綿銘仙《めんめいせん》で裏に萌黄《もえぎ》の風呂敷がついて、剣《けん》酢漿《かたばみ》の紋が出ているところなどはよほどようがす。ふふふ、雑巾《ぞうきん》つなぎの刺子帯《さしこおび》はいいね。火掛《ひがか》りが出来そうだね。帯止めが金のパチンではなくって、引窓の紐《ひも》を結んだのは恐れ入りやしたな」
「なにを言ってやがる。おまえの世話にはならねえよ、こんなものでも我童《がどう》がいいってんだよッ」
「これはけしからんもんでげすな、褒めて叱られるなんてえのは……おやッ、こんち、おなべどん。あたしは、あなたァのことを褒めている……台所司令長官、この御飯の炊《た》きかたはうまいんですってねえ、あなた。そもそもお飯《まんま》の炊きようは、初めチョロチョロ、中《なか》パッパ、じわじわ時に火を引いて、赤児泣くとも蓋《ふた》とるな……なんて憲法はあなたが考えたんだってね。……ェへへ、たいへんに白粉《おしろい》を塗りましたね、どうも……もう少し薄く塗るとよかったな、どうも。白粉で盛り上がっているじゃァないか……あァたが口を利くと白粉がボロボロ落っこちるよ。ェへへ、もったいないからお拾《しろ》いお拾《しろ》い(白粉)てくらいなもんで、ェッへへ�下女獅子ッ鼻に白牡丹《しろぼたん》�……」
「どうせあたしは獅子ッ鼻……」
「あッ、あなたお泣きなすったな……嫌《や》だな、泣く顔じゃないよ、あなたの顔なんてものは。いい女《こ》が泣くと海棠《かいどう》に露を含んだようだってえが、あなたが泣くと、芭蕉ッ葉に夕立をくらったようだ……涙でもって白粉がはげちゃったよ、あなた。顔がずーっと縞《しま》ンなっちゃった。あなたのお郷里《くに》は薩摩《さつま》さまですか?……そうじゃァない? そうですよ、鹿児島(顔縞)県てえなァこれからはじまった……。よォよォ、おみ足[#「おみ足」に傍点]おみ足ッ、ばかに大きいおみ足だなどうも……十三文甲高ですゥ? �大は小を兼ねる�てえますから、大きいほうがお立派でよろしい。踵《かかと》のほうが割れてますね。皸《あかぎれ》ェ? 皸ですか、このお暖かいのに……え? 四季にかまわず?……えらいなァ、皸博覧会のときには一等賞でしょう。皸の割れ目ンとこから、このちらりっと、この青い物《もん》が出てますが、へえ? お郷里《くに》を出るときに、粟《あわ》や稗《ひえ》を踏み込んだんで、ご当地が暖かいてんで芽が出たン……踵へ田地を持ってんのァ、あなた一人だね、どうも。あなただね、踵を抵当にお金を借りたい……ェへへ、怒っちゃいけませんよ。怒る顔じゃないよ、ェへへ……あたくしはね、あなたに恋着《れんちやく》していますよ、惚れてますよ、ええ……近々に結婚を申し込もうと思って……いえまったく……ですからね、どっか散歩しようじゃありませんか。あんたといろいろと……お話が……」
「なにを言ってんのさァ、嫌なこったァ」
「逃げやがった。……こっちだって嫌なこったァ、両方|相子《あいこ》で引きさがりましょう……おやッ、こんちはァ、乳母《ばあや》さん……ェへへ、……いい児ちゃんや、美世ちゃん、乳母《ばあや》さんにおんぶして……ッへへッ、ウららららららららら……ェへへェ、笑ってらっしゃる、お可愛くなったな、どうも。肥りましたねえ、ええ? 乳母さん! あなたァのお乳がいいから。えッ、あなたァのお乳なんてえものは大したお乳で……今日《こんにち》ではねえ、お子供衆を育てるてえことについては、なかなか責任が重い。芝居ですると、まずあなたの役が、『先代萩《せんだいはぎ》』の政岡《まさおか》ですなあ、ええ? 歌右衛門がやりましたねえ、きれいでしたなァ。ェへへへ……あなたいやに汚ないね、どうも。これ一名不潔政岡……汚《きた》な政岡。へッ? なんですゥ? ばかにするゥ? ばかにするなんてものはこんなもんじゃァない。あたしはね、あなたの家柄を聞いて驚いた。たいそうな家柄ですってねェ、あなたのところには……え? 小野小町の虎子《おまる》があるんですってね。あなたは宇都宮を立ち退くとき、亭主を残して来やしたろう、ちゃんとたね[#「たね」に傍点]があがってますよ。そういう良夫《おつと》を持っててもいけないから、ともに尽力して稼ごう、心得違いはごめんだよてんで、こっちへ出て来たあなたの心がけのいいところを旦那が見抜いて、あァたの乳を飲まして嬢を育てたら利口になるってんで、あなたを乳母《ばあや》にと言いつかったんだが、なんでも人間は氏《うじ》より育ちがよくなくてはいけません。いまでは高い入費を出して学校へ入れておくうちに、十歳ぐらいになるともう古《いにしえ》の二十歳《はたち》の者と対等ぐらいのもので、わっちなどは人間を辞めちまいたいくらいのものでげす。わっちが学校で習ったもんといやあ、ただ運動の一、二、三……だけでしたね。おまえさんは嬢ちゃんを抱っこしているのがお役で、こういうことを言ったら世の教育になるだろうとて子守唄……なんてったっけな? あっそうだ、※[#歌記号、unicode303d]一緒になりたや、聞かしておれば、貞女両夫《ていじよりようふ》に見《まみ》えず、まとまるものならまとめておくれ、いやで別れた仲じゃない、去る者日々に疎《うと》しとそりゃたが言うた、遠ざかるほどなお募る……てえなことを言ってましたろう……いよ、これは鳶頭《かしら》、こんちはァ、気がつかなかった、どうも……」
「うるせえ野郎だな、こいつァ。べらべらおしゃべりしやがって、こんなうるせえやつはねえや」
「鳶頭、そうおっしゃるな、あたくしァなんでも存じておりますよ。先日、本町の亀の尾へ各区の頭取が集まりましたことを伺いましたが、鳶頭はよくこちらのお店へいらっしゃいますね。相変らずご盛大で……こないだの憲法発布のときにはじつに恐れ入りやしたね。組合のほうではあのくらい派手なことをなすって、またこないだの三百年祭のとき、持っておいでなすったのは大きな旗でげしたが、おれが振ってやると鳶頭《かしら》が腕をあらわしたてえことを、い[#「い」に傍点]組の万公から聞きやしたが、西洋人も驚いたてえますよ。人望家で陰徳家で、世間が広くて、婦女《おんな》に好かれるように出来てて、足が達者で鉄道馬車へ乗るのが上手な、あなたのような鳶頭はありませんね」
「なにをくだらねえことをべらべらしゃべりやァがるんだ。てえげえにしろ」
「ねえ、鳶頭ァ、黙ってらっしゃいよ。なにも言っちゃいけません。なにも言わずに、あたしに五円ください」
「乞食だね、こいつァ。人の面ァさえ見りゃ、銭くれ銭くれ……てめえになにか五両取られるような悪いことがあるのかい」
「あるかって鳶頭、こねえだあっしが洲崎へ行きましたら、あの竹本播磨太夫《たけもとはりまだゆう》の出している家へ、鳶頭がでれ[#「でれ」に傍点]っと行って、青柳さんてえ花魁を買って、おまえさんが表二階の柱へ寄りかかって、鉄道馬車にひかれた洋犬《かめ》みたいに、朱檀棹《しゆたんざお》に花梨胴《かりんどう》の三味線を取って、トンとぶっつけたね。あっしァ兜町《かぶとちよう》のお客様のお伴をして、そこへ行ってみると、ある会社のご連中がわッと騒いでいらっしゃるしするから、あっしァ嫌な連中と他《わき》の座敷にいると、鳶頭の声だ。サアイコドンドンを……※[#歌記号、unicode303d]紺《こん》の暖簾《のれん》になァ……松葉を染めて……松に紺と辻占《つじうら》か……イヤサアイドンドンドンサイコウドンドン……とやると、花魁がちょいと鳶頭ァ、いいお声、惚れぼれするわねえ」
「この畜生っ、やいっ、平助っ、ばか野郎っ」
と、いきなり平助の頭をポカポカッ。
「ふたつおいでなすって……おお、痛ァ」
「ここをどこだと思ってるんだいっ。やいっ、お店《たな》だぞ、お店《たな》へ来やがって、おれが女郎屋の二階で三味線|弾《し》いたなんてことが、旦那や内儀《おかみ》さんの耳ィ入《へえ》ってみろいッ。べらべらしゃべりやァがって、間抜けめ」
「なるほど、こいつァ悪かった。失敬……取り消します。あの、鳶頭が三味線を弾いたのは女郎屋の二階じゃァない……よォく考えたら区役所っ」
「とぼけたことを言うなっ」
と、またポカポカと殴りつけた。
「あっ、痛ァ……ときどきこうすっぱ抜きをするが、なるほど口は禍《わざわい》の門、舌は災《わざわい》の根だな……いや、権助どん、こんちは……」
「ばか野郎、ざまァ見やがれっ、おしゃべり野郎、この終身懲役|面《づら》め」
「へへ、これは驚きやしたね。いきなり罪人の汚名をうけるとは恐れ入りやしたな。いや、どうも情けないね……ときに権助どん、あっしがあなたの悪口を言ったことでもありますか?」
「あるったってねえったって、おれは知らねえと思ってべえが、なんでもはァよくねえこの野郎め、斬罪《ざんぜえ》に行なうぞ」
「どうも権助どん、あっしが悪ければ謝りますが、あなたのことは方々へ行って褒めていますよ。その権助どんのぽうーとした頭が感心だ。大砲の筒払い、ランプの掃除棒みたいで、橋弁慶もよろしくてえ頭で、第一|品《ひん》のいい顔だよ。寿老人《じゆろうじん》の相がありますねえ。なおまたおいとこ[#「おいとこ」に傍点]相だよと申すそうだ」
「そんな相があるか」
「あるかって、おまえさんは信州の権堂の脇《わき》の村においでなすったときに、ひどく婦女《おんな》に熱くなって、あちらを身代限り……」
「ばか野郎……」
と、またポカリと拳固を食い、
「あッ、痛っ……またおいでなすった、しめて、五つ……こんな痛い日はありませんね……あッ、内儀《おかみ》さん、ご機嫌よろしゅう……ごぶさたをいたしまして……」
「おや、平助さんかい。どうしたの?……いま、店でたいへん音がしましたね」
「いつも粗忽でござんして、へへへ……あれは、柱へ頭をそっとぶっつけまして……」
「たいへん数をぶっつけたようですね」
「ェェ今日《こんち》は、旦那様は?」
「平助、おまえまたしらばっくれて、旦那様、いらっしゃるわけがないじゃないか。四日もお家《うち》へお帰りがないんですよ。おまえさんが旦那様を取り巻いて方々を歩いてるんでしょ……あ、わかりました。どうも様子がおかしいと思ったら、旦那に頼まれて……家の様子を見に来たね? 旦那の……おまえは間諜《かんちよう》だね?」
「間諜ゥ?……浣腸《かんちよう》だか注射だか知らないけども……幇間《たいこもち》なんてえ商売は長くする商売じゃないね、冤罪《えんざい》だァ、濡衣だ。あたくしはねェ、奥様の前ですけどね……(饅頭をつまみ、二つに割って口へ放り込み)ゥゥ……まったくしょうがないすね。……(舌鼓をうって)言っちゃァなんですが……(半分を頬ばり)つまりねえ……(また饅頭をとり)悪いやつがいましてね、あたくしに……(饅頭を二つに割り)失敗《しくじら》せようという……(口の中へ放り込み)つまり魂胆《こんたん》ですな。(もぐもぐやりながら)そりゃあたくしゃァ可哀そうです……(もぐもぐ)ゥゥ、情けない」
「なんだね! この人は。みんな食べちまうんだね……おまえさんに出したんじゃないよ」
「ここに出てるんで……気がつかなかった……もう、前にあればてめえのものだと思って……まことにどうも……なんとも(茶碗をつかみ、茶を飲んで)えェェェ……」
「あたしの湯呑だよッ……こんな図々しい人はないよ」
「ェェ、旦那は、まったく、いらっしゃらないんで……?」
「ほんとうにいらっしゃらないって……そう言ってるじゃないの」
「わたくしは二ヶ月ばかり前から、まるで旦那にはお目にかかっておりませんよ」
「なに言ってるんだい。日本橋向うの茶屋へ置いて来たんだろ? 菊住《きくずみ》さんかえ、中芳《なかよし》さんかえ、柏木さんかい。それとも万千《まんせん》かい?」
「いえ、わたくしはまったく存じません」
「いけないよ。松葉かい。河岸《かし》の相模屋でなければ島原の万安《まんやす》かい?」
「いえ、なかなかそんなわけじゃァございません」
「ちょいとそうさね、どこにおいでだろう? 当ててみたいね」
「いえ、わたくしはまったく知らないので、どこへもお供しませんので……」
「長谷川かえ山本かえ浜野かえ、八丁堀の支那料理の評判のよい偕楽園《かいらくえん》へでもいらっしゃりゃァしないかえ」
「まったくわたしは知りません」
「いけないね、隠してもおまえの顔に出ているよ」
「それがまったく、とうから失敗《しくじ》ってて旦那にはお目にかかっておりませんでげす。ほんとうに旦那がお留守ならば……大秘密のことを申し上げますが、ちょっとお人払いを願います」
「なんだね、まあ気になるね……ぴったり、そこを閉めて、なんだい、秘密ってえのは?」
「内儀《おかみ》さんね。あなたはね、近々にこの家を追い出されますよ……放逐《ほうちく》をされます」
「どういうことで、あたしが出されんの?」
「いえ、どういうこともなんにも……旦那は、この節ちょいと外神田の講武所の芸者に惚れて、その芸者を宅へ連れ込んで、あなたみたいな貞女の、結構な奥さんを出してしまおうという本読みがありますよ。だから、じつに……油断をしちゃァいけませんよ。あなたとわたし……平助ができ[#「でき」に傍点]てるってえ趣向で……」
「おや、そうかい……?」
「どうも恐れ入りやしたな。しかしあたしがあなたとそういうことになれば、あたくしは、これから人間を入れ替えて奔走して、学問を勉強して、ちん[#「ちん」に傍点]とあなたをわたしの本妻にでも権妻にでもして、わたくしは一心不乱に稼ぎますが……わたしとあなたは提灯と釣鐘……不釣《ふつ》り合《あ》いは不縁のもとと諦めてはいますけども、旦那が平助と宅《うち》のやつとおかしいとおっしゃるんでげすが、少しもおかしくないじゃァありませんか」
「なんでもないものを、おまえといやな仲になっていると、旦那がお言いなのかえ」
「へえ……」
「そうだったのかい。じつはあたしも、旦那が他《よそ》へ女をつくっていることは薄々知っているよ。だから、おまえとあたしとでなんとかしようじゃァないか?」
「へえー、それじゃァ、旦那をよす気で……?」
「ああ、ほんとうに嫌になったよ。……だけど、平助さん、あたしは、不人情でちょいちょい浮気をする人は嫌いだよ」
「いいえ、その心配は。……この年になるまで一ぺんも浮気をしたことはござんせん。もっともこちらでしたくっても女のほうで相手にしませんから大丈夫で、女のほうにはごく売れないほうで……」
「あたしも覚悟して、いつまででれでれ旦那にくっついてるのは嫌だから、どこへでもあたしを連れて逃げておくれ」
「連れて逃げろったって……もし、旦那に見つかったら、殺されますよ」
「殺されたっていいじゃァないか。いやかい?」
「ええ、わたしは旦那にいくども殺されそこないました」
「おや、なんで?」
「こないだ、わたくしが朝早く起きて家《うち》を掃除していますと、旦那が来て、『平助、支度をしろ』、ではとお供をして、ずいと両国へ指して行くと、『どこにしようかな、これから大中《だいなか》へ行って主人に用があるから、お飯《まんま》を食べよう』とおっしゃるから、ええ、よございますってんで行くと、まだ七時二十分でげしょう、表の門が締ってるんで、あまり早過ぎて寝ているからいけない。『坊主しゃもでも食べようと思うが、しゃももあんまり感心しねえから、それともどうでえ、花屋敷の常磐家へ行こうか』へえ、結構でげす。『常磐家はよして横山町の尾張屋へ行こうか、亀清にしようか』ようがすな、『それとも湊屋へ行って牛《ぎゆう》でも食おうか、どこへ行こう、止《よ》しにしようか』へえ、有難うって、止《よ》しにしようまで礼を言わせるなんてえのはひどいもんで……。柳橋へ来ましたから、柳光亭《りゆうこうてい》か川長《かわちよう》へでもいらっしゃるかと思ってると、左へ曲がりましたから、『代地《だいち》の万里軒《ばんりけん》の西洋料理にしようか、いや朝の洋食はあまり感心しねえ』とおっしゃるから、茅町《かやちよう》の鹿《か》の子《こ》へお行きになるか、蔵前通りの宇治里《うじさと》かと思ってますと、旦那が、『どうでえ、平助、この蔵前通りの鉄道線路をずーと行って、向うからなにか来ても避《よ》けずに歩けば十五円やる』ってんでげすが、きっと鉄道馬車が来るに決まってるじゃァありませんか。避《よ》けなければ車に轢《ひ》かれちゃいますから、これはご免|蒙《こうむ》りましょうと、『これから三好町へ行って富士山《ふじやま》の牛《ぎゆう》でも食おうか、川升はどうだ、駒形の泥鰌《どじよう》を食おうか』へえ、食い物ならなんでもよろしゅうがす。『材木町の万千《まんせん》にしようか』総菜《そうざい》の出店の鰻を召し上がれな。『うん、松田でお飯《まんま》を食おう』へえ、とお礼を言って気がつくと焼けっちまいましたろう。『普請中なら灰でも舐めないか』ってんですが、いくらお腹が空いても舐められません。『なに、てめえはふだんはいはい[#「はいはい」に傍点]舐めるじゃァねえか』って、とんだ洒落《しやれ》を言うようなわけでげしょう。これから浅草の地内《じない》に入りまして、『おれも朝飯前でおまえもご飯前だろう、互に腹の空かしっこをしよう』と、つまらん洒落じゃァありませんか。しかし旦那が食わなければわたしも食べないのは当然だってえ顔をして、つくづく考えちゃいましたね。これからずいと地内へ来ましたから、こいつァ尾張屋か、万梅《まんばい》か、はてな一直《いちなお》かしら、どこだろう? あァ芝居町の万金《まんきん》かと思ってると、雷門の中ァ覗いて、仁王の草鞋《わらじ》は大きなもんだろうとつまらないお戯《たわむ》れでげしょう。『平助、鳩《はと》に豆を買ってやれ』へえ、その豆をわたしは食いたいと思いましたね。それから観音様へお参りをして、鬼面山《きめんざん》の奉納した大きな姿見で、わたしの人相を写して見ると、ひどいもんで死相が現われてました。だんだんてめえの顔色《がんしよく》が変わった……脈が激しくなりました。そうか後架《こうか》(便所)の掃溜《はきだめ》がきれいになったどころの話じゃあない。『お堂の周囲《まわり》を五度廻れ。どうだ、人造の富士山へ登《あが》らねえか』って、七度|登《あが》らされ。『奥山の釣橋を渡ってみねえか』って、体躯《からだ》を動かすようなことばかり言うんで、よほどお腹が空いて来ましたから、もう歩けませんてえと、『なに泣き声を出しゃあがって、おれも食わねえ』とおっしゃりながら、自分は内々|懐中《ふところ》からパンを出して召し上がっていらっしゃり、バターをつけては食べるんでげしょう。向うはパンとあってはこちらはバタバタ騒いでも追っつきません。と田圃《たんぼ》の興竜寺前の『大溝《おおどぶ》を飛べ』とおっしゃるから、へえてんで飛びそこなって向脛《むこうずね》をすりこわして、痛いのなんのって涙を出して押えてますと、旦那が『いい薬をやろう』と言って袂《たもと》から出したのが唐辛子で、滲みるのなんのってたいへんなもんでげした。『これから温泉へ行こう、湯滝《ゆだき》へ行こうか、大金《だいきん》にしようか、それとも金田《かねだ》のしゃもを食おうか、田圃の牛《ぎゆう》が勉強するてえから』へえ、有難うございますって、なにも食わないのにお礼ばかり言わして、『どこかへ行こうか』へえ、よろしゅうございます。こうなればなんでも頂きます。そのうち土手へ出っちまい、大門へ入ったから、鈴木のしゃもへでもいらっしゃるかしら、それとも浜田の天麩羅《てんぷら》か、穴子《あなご》にでもおいでになるかと思えば、吉原中ぐるぐるめぐって歩きましたが、どこへもお寄りなさらないで、これから田中を越して山谷へ来ましたから、八百善《やおぜん》かと思っているうちに通り越しっちまい、小塚原《こつ》の重箱かと思うと路地を抜けて千住へいらっしゃいましたから、ああ尾彦《おひこ》の大自慢の鮒《ふな》の雀《すずめ》焼きを召し上がるのか、有難いと思っているうちに、向うへ切れて『橋場へ行こう』とおっしゃるから、しかたなしに旦那のお供をして、茶腹も一時《いつとき》、水腹二十五分と、むやみに水を飲みましたんで、お腹がよほど堅くなりましたが、なに死んでもかまわんという気になって、向う越しをして奥の植半《うえはん》か柏屋《かしわや》か吾妻屋《あづまや》か八百松においでになるかと思ってますと、『三遊亭円朝の門弟が集まって木母寺《もくぼじ》で催しがあったてえから、ちょいと三遊塚へお参りをしようか』へえ、よろしゅうございますと、これから木母寺の三遊塚へ参詣があって、『柴又の帝釈様へ参詣かたがた運動しようか』あの水でもせめて頂けるなら有難いが、行くまでに身体が持ちません。途中で倒れっちまいます。『泣きっ面ァしやァがるな』ってお叱言でげしょう」
「旦那がかい」
「へえ、しかたがありませんから、あとへさがっていますと、『じゃァ堀切にしようか、それもかわいそうだから、有馬の温泉にしようか』とおっしゃるんでげすが、退いて考えてみますと、温泉へ入ってるうちに倒れっちまいますと言うと、『それじゃァ言問団子《ことといだんご》か長命寺の桜餅を食おう。しかしただ食っても面白くねえから、少し捻《ひね》って、中の餅を食わねえで、皮ばかり食おうか』いえ、ご免蒙りやしょう。どんなに長命寺の桜餅が名物だって、桜の葉ばかりむしゃむしゃ食えません、とようやく嘆願して引き下がり、『枕橋《まくらばし》の八百松でうどんを食べるからつきあってくんな』へえ、有難う、八百松のご膳料理を食べられるかと思いながら行ってみると、『今日貸切』てえ札が出ていましたろう。『いやァいけねえ、きょうは満席《いつぺえ》だ、貸切のところへ無理に入って、車夫と並んでごたごた一緒に食べるのも、あまり感心しねえ、座敷がねえんだろう』とおっしゃって、これから吾妻橋を渡りますときにそう思いましたね、こう腹の空いたときに、この橋でお飯《まんま》を食べたら旨えだろうと、飯のことばかり思い出して、やはり伊豆熊《いずくま》で鰻を召し上がると思うと、これも食べず、並木へ来て、大金《だいきん》のしゃもでも召し上がるかしらんと思ってるうちに、田原町へ来ましたから、やっこで丼《どんぶり》か。それも食べずに門跡の地内へ入った時分には、もう腹が空いて立ちきれなくなりまして、自然とこう首が傾くことになりましたもんでげすから、『平助、なにを考えてる、ここまで来たのは幸いだ、おれの友だちの墓参りをするから手伝って、お墓を掃除しろ』へえ、てんで入りましたところが、あすこは地所が狭うございましょう、背合せに石塔がくっついてますから、水がほかの石塔へもかかりましょう。すると旦那が、『隣の仏が怨むから、ついでに隣の石碑も一緒に洗ってやれ』へえ、と洗っているうちに、また向うの石碑にかかりかかりして、ちょうど二百三十八本、墓掃除をさせられたのはひどいもんでげしょう」
「うん、かわいそうだったねえ」
「これから菊屋橋を通り越して今金《いまきん》のしゃもでも召し上がるか、高橋でお料理を召し上がるか、梅堀《うめぼり》で泥鰌《どじよう》かと思ってると、旦那が『広徳寺の門を見ろ』てんでげしょう。左甚五郎が拵えた門だって、お腹の空いたときにゃァ見たってなんの足しにもなりやせん。ただ結構な門でげすてえだけの話で、すると『榊原健吉《さかきばらけんきち》先生のお弟子を二十五なぐれば、二円やる』とおっしゃいましたから、そこは生兵法大疵《なまびようほうおおきず》のもとで、わたしも少しは五街道雲輔《ごかいどうくもすけ》の弟子になって昔やったことがあるんで、うんと殴って一番喝采を得ようと思って、へえ、やりましょうてえと、旦那が前々からお弟子と通じ合わせてあって、『近々平助という悪党を連れて来るから、殴り殺してくれ』と頼んであったものとみえて、日ごろ訓練した腕前でぶったから、参ったと言っても聞こえませんから、瘤《こぶ》のうえに瘤の枝ができました。これは枝瘤《えだこぶ》、サボテン瘤てえので、わたしは一ぺんでこぶこぶ[#「こぶこぶ」に傍点]しました。『横町の弘法様のお灸で、焼き切るがいい』てえのはひどいもんでげしょう。頭からぽっぽっと煙が出ました。それで『上野の公園地を運動しようか』ってえんでげすが、腹ぺこ運動がありやァしょうか。お腹がいいから運動するてえのはありますが……上野の動物園から美術館、大仏へお参りをしよう、効験《あらたか》でもないじゃァありませんか。濡仏《ぬれぼとけ》の周囲《まわり》を三度廻らせるてえのはひどうございましょう。それから『ブランコに乗れ、揺《ゆ》すぶってやろう。山王台の八百善へ行こうか、洋食にしようか、池の端を三度廻ってみようか』いえ、それはご免を蒙りましょう。『それじゃァ三遊亭円遊(初代)の大好きな清凌亭《せいりようてい》の精進料理に行こうか、汁粉《しるこ》でも食うか、無極《むきよく》がいいか、蓬莱家松源《ほうらいやまつげん》揚げ出し鳥八十雁鍋《とりやつがんなべ》岡村|伊予紋《いよもん》にしようか、それとも中文《なかぶん》の鰻《うなぎ》、蓮玉《れんぎよく》の蕎麦《そば》、守田の宝丹《ほうたん》でも舐めるか』いえ、それはご免蒙りましょう。病人じゃァありませんからと、ようやく嘆願してご勘弁を願いました」
「おやまあ、ほんとうにひどい目に遭ったね」
「これから切通しを上がろうとしましたが、腹が空いてなにぶんにも眼が回って上がれません。上から馬車が降りて来るから、避《よ》けずにおれば轢《ひ》かれて死んじまいますけれども、脇へ退《ど》く根《こん》がありません。と旦那が『かわいそうだ』って麻縄《ほそびき》でわたしの身体を結《ゆわ》いつけて、担ぎ上げてくださいましたが、なかなか図体が大きいから上がりますまい。すると、あすこに車の後押しをする汚ない着物を着ている男が来て、わたしの後を押しましょうって、ぼろぼろした臭気のはげしいやつが四人《よつたり》ばかり、わたしの身体にこびりつきまして、どうにも健康を害して命がなくなるかと思うくらいでげしたが、ようよう湯島天神の地内へ来ましたから、たしかにこれは魚十《うおじゆう》か魚長《うおちよう》へおいでになるのかと思っていると、お入りになりませんから、虎屋の饅頭《まんじゆう》でも召し上がるか……これも食べないで、加賀様の病院前へ来ると、『入院しようか』てえのでげすが、病人じゃァありませんからご免蒙ります。『それじゃあ松吉《まつよし》へ行こうか』へえ、結構で、『これからどうだえ、王子のほうへ行こうじゃァねえか』とおっしゃるから、我慢をして王子まで歩いて行ったら百円もお礼があるまいものでもないと思いましたから、また気を取り直して、ぶらぶら旦那の頭へ見当をつけて行くと、ちょいちょい見えなくなったりしますから、見失わないように用心して参りますうちに、旦那がウンと咳払《せきばら》いをなさるたびに、わたしの腹へびんと響くんでげすが、もう咳が腹へこたえるようになってはとてもいけません。旦那、どうせこうなりゃあ、わたしはどこまででもくっついて行きますが、どうぞあなたの背中へ寄っかからせてください。そうして咳をなさるだけはご免蒙ります。『ああ、よしよし咳はしない』とおっしゃるかと思ううちに、あいにく調練(兵隊)が来ました。円太郎のラッパを吹き、そのほか大勢悪魔が揃って来ましたから、そのラッパの音がわたしの腹へびんびんと響くたびに尻餅をつきますので、わたしが勘定してみましたら、ちょうど六十四度転びました」
「かわいそうだったね、それから」
「『庚申塚《こうしんづか》の団子を食おう、てめえにこの団子をご馳走するつもりだ。全体《ぜんてえ》、一本に五十銭ずつつけてやるから食わねえか』へえ、一本五十銭なら百本食やァ五十円、食《や》りますともと、食べようとすると、あなた、槻《けやき》の団子で串が針金でげしょう、こりゃァ食えません。『それじゃァ王子の海老屋《えびや》か扇屋へ行こう』とおっしゃるから、ぶらぶら歩き出しますと、『王子の権現様でお百度を踏め』とおっしゃるから、ようよう踏んでしまったら、『おれの代りにもう百度踏め』という難題だから、一時に緡《さい》を十本二十本ずつごまかして箱の中へ投げ込むと、『平助、固めて投げ込んだなァ、掴み出せ』へえ、と言って掴み出すと、腹が空いて手がもう死んで、正体もなにもありませんから、ひと抱えも掴み出しましたらば、しまいに眼を回してぶっ倒れてしまいました」
と言ってるところへ、権助がつかつか入って来て、
「このッ、終身懲役面めッ……嘘ばっかりこきゃァがってっ、眼を回した野郎が生き返えるけえ、面《つら》ァ見やァがれっ」
「こりゃ、権助どん、恐れ入ったね……しかし、わたしはお腹が空いて倒れて、旦那にお飯《まんま》と耳元で言われたんで、ようやっと気がつきましたが、お飯《まんま》の功能なんてえものは、じつに豪気なもので……へえ、早速、頂きましょう。『なにいま言ったのは嘘だ』と言われ、またぎゅうと死んでしまいましたが、ようよう旦那に背負って頂き、海老屋へ上がって、『さあ、これから充分食え』とおっしゃったから、暖かいご膳を食ったの食わないのって、むやみに手掴みでやったもんでげすから、腹が太鼓になりゃ、尻でラッパの笛を吹くてえくらいのもので、ちょいと下をかがむと口から出そうな塩梅で……。すると旦那が『お冷水《ひや》を一口飲まないか、溜飲の起らない呪《まじな》いになる』って、水の入った大きな丼《どんぶり》に五円金貨が四つ沈んでいましたろう。はあ、よろしい、いらっしゃいと言いながら、こいつをグゥーッと飲むと、腹でどぶんどぶんと波を打つかと思うと、口からだらだら水が流れ出ましたが、これは驚きました。それでご膳後のお菓子てえのが、へぼ胡瓜《きゆうり》に陀羅尼助《だらにすけ》を漬けたのを食って、『綱渡りをしろ』とおっしゃるから、しかたなしに綱の上に乗っかって、ヨイ、チャンチャンと口三味線で調子をとり、歩き出すと、足を踏みはずして、下へ落ちるとたんに、腹の皮を破《やぶ》りました。臓腑《ぞうふ》が出たかと思って、手を当てがってみましたら、越中褌《えつちゆうふんどし》の紐《ひも》が切れましたんで……」
「そんなにおまえ、旦那にひどい目に遭って、堪忍しておくれ……その代りあたしはおまえとこの家を出て、一緒に逃げるから、この葛籠《つづら》を背負《しよ》えるかい?」
「ええ……なにあなたの懐子《ふところご》ならなんでも背負います」
「重いよ」
「ええ、どうもこれはたいへん重とうございますが、なにが入っていますので」
「ダイヤモンドの二寸丸《にすんだま》が五十六個に、銀行の千円の振出切手が五十二枚、鉄道馬車の株券が十枚、珊瑚珠《さんごじゆ》の五分珠《ごぶだま》が数知れず、金の延棒が九十三本あるんだよ」
「まだまだ持てますから、なんでも金目のものを、どしどしこの上へお載《の》せなさい」
「それじゃあ、やかんをそっちの手へ提げて、こっちの手へはこないだ宅《うち》の猫が子を八匹産んだから、あれをみんな籠の中へ入れるから、提げて行っておくれな」
「それはご免蒙ります。なにも逃げるのに猫などをニャゴニャゴ持ち出しても方《ほう》がつきません。さ、片っぽに薬罐《やかん》を提げ、片っぽに獅噛《しがみ》火鉢を提げましたから、この上になんでもお載っけなさい」
「これからおまえと二人で、どっかへ逃げるんだが、うれしいね。ほんとうにおまえの心は丸くって少しも怒ったことがないから、あたしは岡惚れをしたよ」
「へえ、わたしは殴られたって、立腹したことはありません」
「そうかね。でも嘘かも知れない。殴《ぶ》ってみなけりゃわからないから殴《ぶ》つよ」
「あーッ、痛いッ……」
「あらまあ、涙なんか出して、泣いてるよ。……旦那、ほほほほ……早く出てらっしゃいよ、早く出て来て、平助のこの姿をご覧遊ばせ……」
「あいよ……」
と、旦那が奥の座敷から現われて、
「これは驚きました……へえ、旦那、ごぶさたをいたしまして……」
「この野郎、おれが宅《うち》にいないと言ったら、いろいろあることないこと言いやがって、おれが外神田の芸者に惚れて、いつおれが宅《うち》のこれを出すと言った。てめえのほうが岡惚れしてんじゃねえか、嘘ばっかりつきやがって、その葛籠《つづら》の中には七輪が四つ入っているのだ」
「えッ、道理でひどく重たいと思った」
「なんでえ、そのざまは、片手にやかんを提げて、こっちの手に猫を入れた籠を提げ、獅噛火鉢を背負《しよ》って、それはなんの真似だ」
「へえ、これはその近火のお手伝いに来ましたので」
「ばか野郎、どこにも火事はないじゃあねえか」
「へえ、こんどあるまで背負《しよ》ってます」
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