「中学に来たら、たぶんあなたはいじめにあうから、覚悟(かくご)していてくださいね」
まだ小学校を卒業する前、中学の生活指導担当の先生がわざわざ小学校の校舎までやってきて、私にこんなアドバイスをした。
私は、ようやく小学校の担任の理不尽(りふじん)な仕打ちから逃(のが)れ、念願の中学に進んだ。そこで私を待っていたのは、上級生からのいじめだった。
小学校の六年間、少なくとも私の意識では、同じ生徒からのいじめには一度もあったことがなかったから、急にそんなことを言われても、実感がわかない。でも、入学して一週間ほどたったところで、すぐに実感できた。
呼び出しにあい、連れていかれた校舎の裏には、三十人ほどの上級生がいた。ぐるりとまわりを取り囲まれ、真ん前の椅子(いす)にスケバンみたいなのが腰かけていた。こちらはすっかりおじけづき、そのときになにを言われたかも覚えていない。
自分たちが退学させられるのがこわかったのか、暴力をふるわれることはなかったが、たっぷりと一時間ぐらい立たされて、いびられていたような気がする。
その後も何度か呼び出しにあった。言われることといえば、おまえのスカートは短すぎるだの、靴(くつ)が校則違反だの、髪の毛がどうだの……大きなお世話(せわ)だ。
目の前の彼女たちを見れば、私よりもっと短いスカートをはいているし、こっちよりずっとひどい校則違反だらけの格好(かつこう)、人のことを言えた立場じゃない。
髪型は三(み)つ編(あ)みでなければならないとか、スカートの丈(たけ)は膝下(ひざした)何センチとか、靴下や靴の色だとか、細かい規則がいっぱい決められている。だれだって探(さが)せば一つや二つの校則違反は見つかる。
母が三つ編みは髪が不潔になりやすいからと嫌(きら)っていたため、私は三つ編みしないで登校したこともある。これもりっぱな校則違反。
中学になると、弁当や体操着など、ほかの用具も増えて、通常のカバンだけでは入りきらなくなる。そういうときは、有名スポーツメーカーの名の入ったバッグとか、自分が好きな洋服屋のブランド名が入ったビニール袋などに入れて持ち歩きたくなる。この学校では、そうしたものはいっさい禁止。風呂敷(ふろしき)に包んでいかなければならない。いまどき、中学生に風呂敷だなんて、時代遅れもいいところだ。
衣替(ころもが)えは六月一日だけど、五月にもなると、けっこう暑い日が多くなる。冬服は、ジャンパースカートの上にセーラー服を着せられるから、四月でさえ暑くてやりきれないときがある。暑い日に夏服用のスカートをはいていったら、それがバレて、たちまち“呼び出し”にあった。夏用スカートでもふつうにしていればわからないが、手をあげたりすると、すぐわかってしまう。
「おまえが歩いていると、ムカつくんだよ」
そんなふうに言われたこともあった。この顔は自分でも嫌いだったから、それは納得(なつとく)できた。でも、私の責任じゃない。
私の顔は小学校にあがったころよりさらに外国人っぽくなっていたと思う。それが他人には「大きな顔をしている」と映(うつ)るらしい。
こんな小心者(しようしんもの)をつかまえて、「態度がでかい」とか「生意気(なまいき)だ」……。その実態はコンプレックスのかたまりで、人一倍、泣き虫だというのに。
この呼び出しは私だけでなく、なんとなく目立つ新入生を順番に呼び出してはいびっていたようだった。私が最初に呼び出された次の日には友だちが呼ばれ、彼女は机の上に正座(せいざ)させられていた。
このスケバン・グループはいくつかあるらしく、友だちの関係から、たまたま別のグループのリーダー格と知り合いになった。その彼女に、いつもこんな目にあってるんだけど、と泣きついたところ、
「わかった。私にまかせておいて」
効果てきめん。それ以来、私に対する呼び出しはぷっつりとなくなったのだから、驚いてしまう。これには大いに助かった。
私自身、いじめにあったと感じていなかったが、靴を隠(かく)されたり、体操着がなくなっていたりしたことは何度かあった。
私の意識としては、「靴なんか、また買えばいいじゃん」。新しいのを買う絶好のチャンス。体操着をとられたら、それは体育の時間をサボる口実(こうじつ)になる。教科書を隠されたときなど、「やったー」なんて、思わず叫(さけ)んでしまったくらい。これでは、いじめるほうも、いじめがいがないというもの。
筆箱の中の消しゴムに画鋲(がびよう)がいっぱい刺(さ)さっていたとか、いやがらせめいたこともあったけど、こんなのはいじめというより、ちょっとしたいたずら。さすがに、トイレで用を足しているところを上からのぞかれたときにはすごくショックで、そのまま家に帰ってしまったけれど。