私の本を読んだ人と話してて困ることのひとつに「時間を止められてしまう」というのがある。例えば、とっくに引っ越したのに、「内田さんの家ってうちの近くなんですよねー」と話しかけられたり。それはまだいいとしても、訪ねてくる予定の人が当然のように私の昔の仕事場のあった駅から電話して来たりとかねー。
この人たちは、出版物の最終ページに、それが最初に出された年月日が示してあるのを知らないのかしらん。初版日が九〇年一月二十三日となっていれば、もちろん書かれたのはそれより前。今日出たばかりの新刊でも、今日のことが書いてあるわけではないのだ。
しかし先日、それよりもっともっと激しく時間を止められてしまった。会社の人間といっしょに取材旅行に出かけ、私の田舎の長崎で、食事する場所を探していたときのことだった。
上京してから十年近い私は、とっくに長崎がわからなくなってしまっていたので、ふと見つけた「繁華街のインフォメーションコーナー」のような所に入って行った。すると、どっかで見た人がいる。昔の友人のお兄さんだ。一、二回しか会った事はなかったが、さすがサービス業者、むこうも私の顔を覚えていた。でもそのあとがすごい。「覚えとるよ。『スター誕生!』に出た人やろ」。思わず声を出して笑う、私の会社の社員。
そりゃ私が十代の時『スター誕生!』に出て決戦で落っこったのは事実だが、そんじゃあ私のその後の十年はなんだったんでしょうか。とほほほほほほ。私も笑ってはいたが、ちょっぴりくやしかったんだぜ。分かるでしょー!
「あ、そうです。でも今は……」と言いかけて、でもやめた。そして、「今もバンドやってるんです。ライブハウスとかに出て、頑張ってます」と言い直した。その後社員にからかわれながらたどり着いたすし屋で食当たりまで起こし、なかなかショックな里帰りであった。でも私は負けない。