バルトのこのテクスト理論は、「作者」という近代的な概念そのものがもう「耐用年数」を超えてしまったことを教えてくれました。
最近、インターネット上でのテクストや音楽や図像の著作権についていろいろな議論が展開していますが、バルトはいまから三十年前に、すでに「コピーライト」というものを原理的に否定する立場を明らかにしていたのです。
作品の起源に「作者」がいて、その人には何か「言いたいこと」があって、それが物語や映像やタブローや音楽を「媒介」にして、読者や鑑賞者に「伝達」される、という単線的な図式そのものをバルトは否定しました。音楽や映画のことはさておき、ここでは文学について話題を限定して話を進めることにしましょう。
「コピーライト」あるいは「オーサーシップ」という概念は、その文化的生産物が「単一の産出者」を持つ、という前提がないと成り立ちません。「作者」とは、何かを「ゼロから」創造した人です。聖書的な伝統に涵養《かんよう》されたヨーロッパ文化において、それは「造物主」を模した概念です。誰かが「無からの創造」をなしとげた。そうであるなら、創造されたものはまるごと造物主の「所有物」である。そう考えるのはごく自然なことです。
近代までの批評はこのような神学的|信憑《しんぴよう》の上に成立していました。つまり、作者は作品を「無から創造した」造物主である、と。ですから、単に作品の流通|頒布《はんぷ》によって生じた利益が作者に「印税」としてリターンされるだけでなく、作者こそ、その作品が「何を意味しているのか」について完全に理解し、作品の「秘密」を専一的に握っていると考えられたのです。
ならば、批評家は必ずやこの神=作者に向かって、こう問いかけることになります。
「あなたはいったい、この作品を通して、何を意味し、何を表現し、何を伝達したかったのですか?」
これが近代批評の基本的なスタイルを作り上げます。批評家たちは「行間」を読んで作者の「底意」を探ることに熱中しました。
しかし、批評家たちもすぐにその仕事があまり実りのないものであることに気づきました。いろいろ調べてみると、作者たちは必ずしも「自分が何を書いているのか」をはっきり理解していたわけではなかったからです。
村上龍はあるインタビューで、「この小説で、あなたは何が言いたかったのですか」と質問されて、「それを言えるくらいなら、小説なんか書きません」と苦い顔で答えていましたが、これは村上龍の言うとおり。答えたくても答えられないのです。その答えは作家自身も知らないのです。もし村上龍が「あの小説はね……」と「解説」を始めたとしても、それは「批評家・村上龍」がある小説の「解説」をしているのであって、そこで語っているのは「作家・村上龍」ではありません。
言語を語るとき、私たちは必ず、記号を「使い過ぎる」か「使い足りない」か、そのどちらかになります。「過不足なく言語記号を使う」ということは、私たちの身には起こりません。「言おうとしたこと」が声にならず、「言うつもりのなかったこと」が漏れ出てしまう。それが人間が言語を用いるときの宿命です。
「作者が言おうとしたこと」を特定することの原理的な困難さを知った批評家たちは、しかたなく、作者が「それと気づかずに語ってしまったこと」に照準を合わせることにしました。
作者の家庭環境、幼児体験、読書経験、政治イデオロギー、宗教性、器質疾患、性的嗜癖……などが今度は作品の「秘密」を教えてくれることになります。こうなると、批評家の仕事は、読解を通じて、作者を書くことへと動機づけた「初期条件」を探り当てることになります。それを正しく言い当て、作品の「成り立ち」を説明できれば、批評家の「勝ち」、作者の「秘密」に手が届かなければ、批評家の「負け」というわけです。現在でも、私たちが眼にする文芸批評の過半は、「作者に書くことを動機づけた初期条件の特定」というこの近代批評の基本パターンをしっかり踏襲しています。
バルトは近代批評のこの原則を退けました。
テクストが生成するプロセスにはそもそも「起源=初期条件」というものが存在しないとバルトは言い始めたのです。そのことを言うために、バルトは「作品」ということばを避けて、「テクスト」ということばを選びました。
「テクスト」(texte)とは「織り上げられたもの」(tissu)のことです。
この「織り物」はさまざまなところから寄せ集められたさまざまな要素から成り立っています。一編のテクストが仕上がるまでにはほとんど無数のファクターがあります。媒体からの主題や文体や紙数の指定、同時代的な出来事、他のテクストへの気づかいと競合心……それぞれのファクターはてんでに固有のふるまいをします。しかし、それらが絡まり合って、いつのまにか「テクスチュア」(texture)は織り上がります。これを前にして「作者は何を表現するためにこれを織り上げたのか」と限定的に問うことはそれほど意味のあることなのでしょうか。
最近、インターネット上でのテクストや音楽や図像の著作権についていろいろな議論が展開していますが、バルトはいまから三十年前に、すでに「コピーライト」というものを原理的に否定する立場を明らかにしていたのです。
作品の起源に「作者」がいて、その人には何か「言いたいこと」があって、それが物語や映像やタブローや音楽を「媒介」にして、読者や鑑賞者に「伝達」される、という単線的な図式そのものをバルトは否定しました。音楽や映画のことはさておき、ここでは文学について話題を限定して話を進めることにしましょう。
「コピーライト」あるいは「オーサーシップ」という概念は、その文化的生産物が「単一の産出者」を持つ、という前提がないと成り立ちません。「作者」とは、何かを「ゼロから」創造した人です。聖書的な伝統に涵養《かんよう》されたヨーロッパ文化において、それは「造物主」を模した概念です。誰かが「無からの創造」をなしとげた。そうであるなら、創造されたものはまるごと造物主の「所有物」である。そう考えるのはごく自然なことです。
近代までの批評はこのような神学的|信憑《しんぴよう》の上に成立していました。つまり、作者は作品を「無から創造した」造物主である、と。ですから、単に作品の流通|頒布《はんぷ》によって生じた利益が作者に「印税」としてリターンされるだけでなく、作者こそ、その作品が「何を意味しているのか」について完全に理解し、作品の「秘密」を専一的に握っていると考えられたのです。
ならば、批評家は必ずやこの神=作者に向かって、こう問いかけることになります。
「あなたはいったい、この作品を通して、何を意味し、何を表現し、何を伝達したかったのですか?」
これが近代批評の基本的なスタイルを作り上げます。批評家たちは「行間」を読んで作者の「底意」を探ることに熱中しました。
しかし、批評家たちもすぐにその仕事があまり実りのないものであることに気づきました。いろいろ調べてみると、作者たちは必ずしも「自分が何を書いているのか」をはっきり理解していたわけではなかったからです。
村上龍はあるインタビューで、「この小説で、あなたは何が言いたかったのですか」と質問されて、「それを言えるくらいなら、小説なんか書きません」と苦い顔で答えていましたが、これは村上龍の言うとおり。答えたくても答えられないのです。その答えは作家自身も知らないのです。もし村上龍が「あの小説はね……」と「解説」を始めたとしても、それは「批評家・村上龍」がある小説の「解説」をしているのであって、そこで語っているのは「作家・村上龍」ではありません。
言語を語るとき、私たちは必ず、記号を「使い過ぎる」か「使い足りない」か、そのどちらかになります。「過不足なく言語記号を使う」ということは、私たちの身には起こりません。「言おうとしたこと」が声にならず、「言うつもりのなかったこと」が漏れ出てしまう。それが人間が言語を用いるときの宿命です。
「作者が言おうとしたこと」を特定することの原理的な困難さを知った批評家たちは、しかたなく、作者が「それと気づかずに語ってしまったこと」に照準を合わせることにしました。
作者の家庭環境、幼児体験、読書経験、政治イデオロギー、宗教性、器質疾患、性的嗜癖……などが今度は作品の「秘密」を教えてくれることになります。こうなると、批評家の仕事は、読解を通じて、作者を書くことへと動機づけた「初期条件」を探り当てることになります。それを正しく言い当て、作品の「成り立ち」を説明できれば、批評家の「勝ち」、作者の「秘密」に手が届かなければ、批評家の「負け」というわけです。現在でも、私たちが眼にする文芸批評の過半は、「作者に書くことを動機づけた初期条件の特定」というこの近代批評の基本パターンをしっかり踏襲しています。
バルトは近代批評のこの原則を退けました。
テクストが生成するプロセスにはそもそも「起源=初期条件」というものが存在しないとバルトは言い始めたのです。そのことを言うために、バルトは「作品」ということばを避けて、「テクスト」ということばを選びました。
「テクスト」(texte)とは「織り上げられたもの」(tissu)のことです。
この「織り物」はさまざまなところから寄せ集められたさまざまな要素から成り立っています。一編のテクストが仕上がるまでにはほとんど無数のファクターがあります。媒体からの主題や文体や紙数の指定、同時代的な出来事、他のテクストへの気づかいと競合心……それぞれのファクターはてんでに固有のふるまいをします。しかし、それらが絡まり合って、いつのまにか「テクスチュア」(texture)は織り上がります。これを前にして「作者は何を表現するためにこれを織り上げたのか」と限定的に問うことはそれほど意味のあることなのでしょうか。
[#1字下げ]「テクストとは『織り上げられたもの』という意味だ。これまで人々はこの織物を製造されたもの、その背後に何か隠された意味(真理)を潜ませている作られた遮断幕のようなものだと思い込んできた。今後、私たちはこの織物は生成的なものであるという考え方を強調しようと思う。すなわちテクストは終わることのない絡み合いを通じて、自らを生成し、自らを織り上げてゆくという考え方である。この織物──このテクスチュア──のうちに呑み込まれて、主体は解体する。おのれの巣を作る分泌物の中に溶解してしまう蜘蛛のように。」(『テクストの快楽』)
この「蜘蛛の巣」(ウェブ)の比喩は、現にウェブ上をゆきかうさまざまな情報とその発信者の関係を期せずしてみごとに言い当てています。
私たちはインターネット・テクストを読むとき、それが「もともと誰が発信したものか」ということにほとんど興味を持ちません。誰が最初に発信したのであろうと、それはインターネット上でコピー&ペーストされ、リンクされているあいだに変容と増殖を遂げており、もはや「もともと誰が?」という問いはほとんど無意味になっています。問題は、それを私が読むか読まないか、読んだあと自分のサイトにペーストしたり、発信元のサイトにリンクを張ったりするか、という読み手の判断に委ねられています。これはバルトの言う「作者の死」とかなり近い考え方です。
私たちはインターネット・テクストを読むとき、それが「もともと誰が発信したものか」ということにほとんど興味を持ちません。誰が最初に発信したのであろうと、それはインターネット上でコピー&ペーストされ、リンクされているあいだに変容と増殖を遂げており、もはや「もともと誰が?」という問いはほとんど無意味になっています。問題は、それを私が読むか読まないか、読んだあと自分のサイトにペーストしたり、発信元のサイトにリンクを張ったりするか、という読み手の判断に委ねられています。これはバルトの言う「作者の死」とかなり近い考え方です。
[#1字下げ]「テクストはさまざまな文化的出自をもつ多様なエクリチュールによって構成されている。そのエクリチュールたちは対話をかわし、模倣し合い、いがみ合う。しかし、この多様性が収斂《しゆうれん》する場がある。その場とは、これまで信じられてきたように作者ではない。読者である。(略)テクストの統一性はその起源にではなく、その宛先のうちにある。(略)読者の誕生は作者の死によって贖《あがな》われなければならない。」(バルト「作者の死」)
この一節はほとんどそのままインターネット・テクストに当てはめることができます。古典的な意味でのコピーライトは、インターネット・テクストについてはほとんど無意味になりつつあります。音楽や図像についてコピーライトの死守を主張している人たちがいますが、その人たちもむしろ自分の作品が繰り返しコピーされ、享受されることを「誇り」に思うべきであり、それ以上の金銭的なリターンを望むべきではない、という新しい発想に私たちはしだいになじみつつあります。
その先鞭をつけたのは、リナックスOSです。
リナックスは、一九九一年にフィンランドの一人の天才ハッカーが提唱したOSのアイディアです。彼はそれをインターネットで公開し、このOSの開発を全世界に呼びかけました。この「誰でも参加できるOS開発」というプロジェクトにヴォランティアで参加したコンピュータ・フリークが全世界に無慮十万人。その人たちが朝な夕なに知恵を絞り、インターネット上で意見を交換し合い、アイディアを共有し、またたくうちにリナックスは異常な「進化」を遂げてしまい、いまなお日進月歩ならぬ「秒進分歩」の変容を遂げつつあります。
リナックスOSの特徴は、どういう仕掛けかがまるごと公開されていること、改造が自由ということと、全世界のヴォランティアによる現在進行的共同開発なので問題点の修正が迅速に行われるという点にあります。
しかし重要なのは、このOSを発明したリナスさんは、これで天文学的な利益を手に入れることができたのに、それをせずにインターネットに載せて、無料で公開してしまった、ということです。すぐれたOSが無数の人々の協力によって進歩することのほうが自分一人が大富豪になることよりずっと大事なことだ、とリナスさんは考えたのです。そして、彼の名を冠したOSが世界標準となり、全世界のハッカーたちが彼の名を敬意を込めて発音する快楽のほうを選んだのです。
彼が求めたものは近代的なコピーライトによって「作者」が得るものとは別の方向をめざしています。近代的な作者は自分の作品を一元的に管理することを求めましたが、リナックスに代表される「オープンソース」の思想がめざすのはその逆です。(「オープンソース」というのは、世界の成り立ちについて私たちに何ごとかを教える可能性のある情報は、無条件かつ全面的にアクセス可能でなければならない、という考え方のことです。)
リナスさんは自分の作品を世界に開放しました。それを改良させ、発展させ、利用する人々が一人一人その作品の意味と価値を見出すことに委ねたのです。もしこれが文学作品であったとしたら、彼はそれを無償で配布し、それをどう享受しようと、どう改作しようと、どう引用しようと、その自由を読者に委ねたということになります。
作家やアーティストたちが、コピーライトを行使して得られる金銭的リターンよりも、自分のアイディアや創意工夫や知見が全世界の人々に共有され享受されているという事実のうちに深い満足を見出すようになる、という作品のあり方のほうに私自身は惹かれるものを感じます。それがテクストの生成の運動のうちに、名声でも利益でも権力でもなく、「快楽」を求めたバルトの姿勢を受け継ぐ考え方のように思われるからです。
その先鞭をつけたのは、リナックスOSです。
リナックスは、一九九一年にフィンランドの一人の天才ハッカーが提唱したOSのアイディアです。彼はそれをインターネットで公開し、このOSの開発を全世界に呼びかけました。この「誰でも参加できるOS開発」というプロジェクトにヴォランティアで参加したコンピュータ・フリークが全世界に無慮十万人。その人たちが朝な夕なに知恵を絞り、インターネット上で意見を交換し合い、アイディアを共有し、またたくうちにリナックスは異常な「進化」を遂げてしまい、いまなお日進月歩ならぬ「秒進分歩」の変容を遂げつつあります。
リナックスOSの特徴は、どういう仕掛けかがまるごと公開されていること、改造が自由ということと、全世界のヴォランティアによる現在進行的共同開発なので問題点の修正が迅速に行われるという点にあります。
しかし重要なのは、このOSを発明したリナスさんは、これで天文学的な利益を手に入れることができたのに、それをせずにインターネットに載せて、無料で公開してしまった、ということです。すぐれたOSが無数の人々の協力によって進歩することのほうが自分一人が大富豪になることよりずっと大事なことだ、とリナスさんは考えたのです。そして、彼の名を冠したOSが世界標準となり、全世界のハッカーたちが彼の名を敬意を込めて発音する快楽のほうを選んだのです。
彼が求めたものは近代的なコピーライトによって「作者」が得るものとは別の方向をめざしています。近代的な作者は自分の作品を一元的に管理することを求めましたが、リナックスに代表される「オープンソース」の思想がめざすのはその逆です。(「オープンソース」というのは、世界の成り立ちについて私たちに何ごとかを教える可能性のある情報は、無条件かつ全面的にアクセス可能でなければならない、という考え方のことです。)
リナスさんは自分の作品を世界に開放しました。それを改良させ、発展させ、利用する人々が一人一人その作品の意味と価値を見出すことに委ねたのです。もしこれが文学作品であったとしたら、彼はそれを無償で配布し、それをどう享受しようと、どう改作しようと、どう引用しようと、その自由を読者に委ねたということになります。
作家やアーティストたちが、コピーライトを行使して得られる金銭的リターンよりも、自分のアイディアや創意工夫や知見が全世界の人々に共有され享受されているという事実のうちに深い満足を見出すようになる、という作品のあり方のほうに私自身は惹かれるものを感じます。それがテクストの生成の運動のうちに、名声でも利益でも権力でもなく、「快楽」を求めたバルトの姿勢を受け継ぐ考え方のように思われるからです。