むかし、あるところに、田野久という男がおりました。あるとき、山をこして、向こうの村へ行かねばならない用事ができました。ところが、そのとちゅうには、魔《ま》の山といわれていて、それはそれはたくさんのお化《ば》けの出る山がありました。田野久は、その日のうちに、山をこしたいと思って、大急ぎで歩いておりました。しかし、とうとう、山の中で日が暮れて、どこかに泊《と》まらねばならなくなってしまいました。あっちこっちと寝場所《ねばしよ》をさがしておりましたら、大きなほら穴《あな》がありました。さて、その穴にはいりましたが、どうも化けものが出そうで、心配で心配で、ねむることもできません。
夜中になると、どこからか、バサリ、バサリと音がしてきました。そうっと見ていると、大きなヘビが、ズルズル、ズルズルと、首をもたげて、この穴の中にはいってきました。このヘビは、山を通る人をのむので、村の人たちが大へん困《こま》って、なんとかして退治《たいじ》しようと、長いあいだ苦心していたヘビなんです。しかし、ヘビはなかなか強くて、どうしても退治できませんでした。
ところで、ヘビは穴の中で田野久を見つけると、
「おまえは、だれだ。」
と、聞きました。
「おれは田野久だ。」
と、こたえると、ヘビは、タヌキと聞きちがえて、
「おまえはタヌキか。おれは人間かと思って、のみに来たんだ。タヌキと聞いては、のむわけにいかん。しかし、おまえは、いったい、この世の中で、なにがいちばんこわいか。」
ヘビが、こうたずねるのですから、ヘビがこわいといわれたかったのかもしれません。しかし田野久は、
「おれがこわいのは金だ。お金がいちばんこわい。」
そういいました。すると、ヘビは、
「おれは、たばこのやにが、いちばんこわい。やにほど、こわいものはない。しかし、この大蛇のおれが、やになどこわがっているといっては、はずかしい。だれにも話してはいかんぞ。もし話したら、いくらタヌキでも、さがしだして、ひとのみにのんでしまうぞ。」
一晩《ひとばん》じゅう、そんなことを話して、やがてあけがた、ヘビは穴を出て行きました。田野久も村へ帰って、村の人たちに、このことを話しました。そして、村じゅうのたばこのやにを集めて、村の人たちみんなと、大蛇退治に出かけて行きました。大蛇のひそむほら穴を見つけましたので、やにを水にとかして、ザアザア、ザアザアうちかけました。大蛇は苦しがって、長いからだを、くねくね、くねくねのた打ちまわっていましたが、それでも、やっと川の方へ逃げ、とうとうふちの中に逃げこんでしまいました。
村の人たちは、しかたなく、ひきかえしましたが、田野久のほうは、もう生きたここちもありません。ヘビがしかえしに来ると思われたからです。それでその晩は、一晩じゅう、家にこもったまま、おだいもくをとなえておりました。そうすると、夜中ごろ、バシリ、バシリと、ヘビがやって来ました。ヘビは田野久の家の窓《まど》から、中をのぞきこんで、
「こら、田野久、よくも、おれをだましたな。これはゆうべのかたきうちだ。」
そういって、大きなかごに、お金をいっぱいつめたものを、どさりと、家の中に投げこんで、
「これでも、くらえ。」
と、逃げていきました。
おかげで、田野久は大金持になって、長く安楽に暮らしました。めでたし、めでたし。
夜中になると、どこからか、バサリ、バサリと音がしてきました。そうっと見ていると、大きなヘビが、ズルズル、ズルズルと、首をもたげて、この穴の中にはいってきました。このヘビは、山を通る人をのむので、村の人たちが大へん困《こま》って、なんとかして退治《たいじ》しようと、長いあいだ苦心していたヘビなんです。しかし、ヘビはなかなか強くて、どうしても退治できませんでした。
ところで、ヘビは穴の中で田野久を見つけると、
「おまえは、だれだ。」
と、聞きました。
「おれは田野久だ。」
と、こたえると、ヘビは、タヌキと聞きちがえて、
「おまえはタヌキか。おれは人間かと思って、のみに来たんだ。タヌキと聞いては、のむわけにいかん。しかし、おまえは、いったい、この世の中で、なにがいちばんこわいか。」
ヘビが、こうたずねるのですから、ヘビがこわいといわれたかったのかもしれません。しかし田野久は、
「おれがこわいのは金だ。お金がいちばんこわい。」
そういいました。すると、ヘビは、
「おれは、たばこのやにが、いちばんこわい。やにほど、こわいものはない。しかし、この大蛇のおれが、やになどこわがっているといっては、はずかしい。だれにも話してはいかんぞ。もし話したら、いくらタヌキでも、さがしだして、ひとのみにのんでしまうぞ。」
一晩《ひとばん》じゅう、そんなことを話して、やがてあけがた、ヘビは穴を出て行きました。田野久も村へ帰って、村の人たちに、このことを話しました。そして、村じゅうのたばこのやにを集めて、村の人たちみんなと、大蛇退治に出かけて行きました。大蛇のひそむほら穴を見つけましたので、やにを水にとかして、ザアザア、ザアザアうちかけました。大蛇は苦しがって、長いからだを、くねくね、くねくねのた打ちまわっていましたが、それでも、やっと川の方へ逃げ、とうとうふちの中に逃げこんでしまいました。
村の人たちは、しかたなく、ひきかえしましたが、田野久のほうは、もう生きたここちもありません。ヘビがしかえしに来ると思われたからです。それでその晩は、一晩じゅう、家にこもったまま、おだいもくをとなえておりました。そうすると、夜中ごろ、バシリ、バシリと、ヘビがやって来ました。ヘビは田野久の家の窓《まど》から、中をのぞきこんで、
「こら、田野久、よくも、おれをだましたな。これはゆうべのかたきうちだ。」
そういって、大きなかごに、お金をいっぱいつめたものを、どさりと、家の中に投げこんで、
「これでも、くらえ。」
と、逃げていきました。
おかげで、田野久は大金持になって、長く安楽に暮らしました。めでたし、めでたし。