むかし、山寺に和尚さんと小僧さんがいました。その和尚さん、とてもけちんぼで、だん家からもらう、おいしいもの、一つだって、小僧さんに食べさせてはくれません。みんな、ひとりで食べてしまいます。そのときも、だん家から、おいしい、おいしいあま酒をもらいました。れいにより、和尚さん、小僧さんに飲《の》ませるのが惜しくてなりません。そこでいいました。
「小僧、小僧、これはな、あま酒というものだが、子どもには毒になるあま酒だ。子どもが飲むと、すぐ死ぬる。そういうあま酒だ。だから、まちがっても、飲むでないぞ。いいか。」
そのあくる日のことです。和尚さんは、村に法事《ほうじ》があって、出かけていきました。るす番をいいつかった小僧さん、ひとりになると、きのうのあま酒が気になってなりません。
「和尚さんは、毒あま酒だ。子どもが飲むと、すぐ死ぬるなんていったけれども、あれは、いつものように、うそにちがいない。おれに飲ませたくないもので、あんなことをいってるんだ。」
小僧さんは、そう思ったもので、戸だなから、そのあま酒のはいったビンをとりだしました。そして、チョッピリ、おさらにとってなめてみました。いや、そのおいしいことといったら、口の中がとろけてしまいそうです。
「こんなにおいしくては、たったひとなめでやめるわけにはいかない。」
小僧さんはそう思って、もうひとなめ、もうひとなめと、すこしずつすこしずつ飲んでいきました。そして、
「こんどこそ、これでやめよう。」
そう思って、おさらにあま酒をつぐのですが、
「おしまいだから、すこしおおくしよう。」
そんなことを思って、おさらにこぼれるほどついだりするのですが、それでやめるわけにいきません。そして、
「もうすこし、ほんのチョッピリ。」
そう思って、チョッピリ飲むと、
「もうすこし、それこそチョッピリ。ほんとのチョッピリだから、かまやしない。」
そういって、チョッピリ、チョッピリ、とうとう、ビンの中をからにしてしまいました。からになったのがわかったとき、小僧さん、はじめておどろき、はじめて心配になってきました。
「これはしまった。和尚さんが帰ってきたら、どんなにおこり、どんなにわたくしを打つだろう。ちょっとや、そっとでは、すまないぞ。はて、困《こま》ったことになってきた。どうしたらいいだろう。どうしたら——」
小僧さんは、一生けんめい考えました。そして、
「そうだっ。」
と、いい考えを思いつきました。このお寺には、「吉備《き び》のほてい」といわれる宝物《たからもの》がありました。それは伊部焼《いんべやき》という陶器《とうき》でできている置物《おきもの》のほていさまだったのです。小僧さんは、それを床《とこ》の間《ま》からとりだすと、座敷《ざしき》のまえの庭石にたたきつけて、こっぱみじんに打ち割りました。そして、そのそばのえんがわに腰をかけて、
「アーン、アーン。」
と、泣きまねをしていました。すると、そこへ、和尚さんが帰ってきました。
「小僧、帰ったぞ。」
玄関《げんかん》でいいましたが、小僧さんむかえにもでません。どうしたことかと、奥へ来てみると、アーン、アーン、泣き声がしております。
「どうした。どうした。」
和尚さんは、えんがわへ来て、小僧さんに聞きました。そこで小僧さんがいったそうです。
「和尚さんがでかけられてから、座敷をそうじしていると、置物のほていさまをこわしました。そこで、お寺の宝物をこわしては生きてはおれないと思い、和尚さんが、子どもが食べると死ぬるようにおっしゃった、あのあま酒を飲みました。しかし、飲んでも、飲んでも死ななくて、みんな飲んでしまいました。それでも死なないもので、いま死ぬるか、いま死ぬるかと、死ぬるのを待って、泣いております。」
和尚さんは、このいいぬけにあきれはて、
「ハッハッハッ。」
と、大口を開けて笑いました。そして、
「しかし、ほていを割ったのは惜《お》しかったな。」
そういったそうであります。