むかし、むかし、たなばたさんが、天からおりてきて、山のなかの池で水あびをしていました。そのそばで、犬かいさんは、犬をつれて、畑を打っていました。見ると、木の枝《えだ》に、美しいたなばたさんの着物がかかって、風にそよいでいました。それで、犬かいさんは思いました。
「そうだ。いっちょう、たなばたさんのあの着物、かくしてやろう。天へ帰るとき、困《こま》るだろうな。おもしろいぞう。」
犬かいさんは、そうっと行って、天人の、その空飛ぶ着物をかくしました。まもなく、水浴をおわったたなばたさんが、天へのぼろうとすると、今まで、風にそよいでいた、その着物がありません。たなばたさんは、
「犬かいさん、犬かいさん、ここにかけてあった、わたしの着物を知りませんか。」
そう、聞きました。
「はい、知っております。」
犬かいさんがいいました。
「それでは、教えてください。」
「それが、ただでは教えられません。」
「おしえ代《だい》がいりますか。」
「そうです。わたしのおよめさんになってください。」
しかたがありません。着物がなくては、たなばたさん、天へ帰ることができません。とうとう、犬かいさんのおよめさんになりました。すると、月日のたつのは早いもので、たなばたさんに子どもができて、それが六つになりました。ある日のことです。ちょうど、たなばたさんが、どこかへ行って、るすでした。おとうさんの犬かいさんが、子どもにいいました。
「きょうは、おもしろいものを見せてやるぞ。しかし、けっして、おかあさんにいうんでないぞ。」
そして、うらの竹やぶへ行って、重い石のふたをあげました。下はひつ(大型の箱)になっていて、美しい天人の着物がはいっていました。
「ワア——」
子どもは、びっくりしました。
そのあくる日のこと、こんどは、犬かいさんが出かけました。すると、子どもが、おかあさんのたなばたさんにいいました。
「おかあさん、おかあさん。きのうね、おとうさんに、天人の着物というのを見せてもらった。とっても美しくて、びっくりしてしまった。」
たなばたさんは、うれしくなりました。長いあいだ、それさえあればと思って、暮らしてきたのです。
「そう。それじゃ、おかあさんにも、その着物を見せてちょうだいな。」
子どもはいいました。
「それが、おとうさんがいわれたのです。おかあさんにいうでないぞって。」
「そう。しかし、もう、いってしまったのだから、しかたないでしょう。一目でいいから、見せて。でなかったら、ありかをおしえて。」
子どもは、しばらく考えたのち、いいました。
「おとうさんにいわないでね。そうしたら、教えてあげる。あのね、うらのやぶの、ひらたい、重い石の下、そこに入れてあるの。」
たなばたさんは、そこへ出かけました。はたして、ひらたい、重い石がありました。あげてみると、中は、石のひつです。そこに、夢《ゆめ》にもわすれられなかった天《あま》の羽衣《はごろも》が、たたんで入れてありました。たなばたさんは、それをひきだして、人間の着物と着かえました。すると、羽衣は、風にそよぎ、そよぐにつれて、からだが軽くなって、空へすいこまれるように、のぼっていきました。子どもが、
「あっ、おかあさんが、天人の着物を着て、空へのぼっていかれる。おかあさん、おかあさん。」
そういうまもないほどの時間でした。
犬かいさんは、その夕方、家に帰ってその話を聞きました。それで、外へ出て、空をあおいでみましたが、星《ほし》がキラキラ光っているばかりで、どうすることもできませんでした。それでも、夜になると、空をあおいで大息《おおいき》をついていました。すると、となりの五郎助じいさんが聞きました。
「犬かいさん、どうしたんだ。」
犬かいさんは、わけを話しました。そして、
「歩いて行けるところなら、たとえ、千里万里あっても、たずねていくのだが、天とあっては、どうすることもできない。」
と、なげきました。五郎助さんがいいました。
「犬かいさん、なげくことはない。千ぞくのぞうりを作って、それを、ウリの根もとへうめておきなさい。つるがのびて、天へとどく。それをのぼっていけば、わけはない。」
「なあるほど。」
犬かいさんは、感心して、家へ帰ると、さっそく、ぞうりを作りました。夜も昼も、朝も晩《ばん》も、作りました。九百九十九そく作りました。一そくたりないが、気がせいていて、もう待てません。すぐ、ウリの根に、そのぞうりをうめました。すると、ウリのつるは、見るまに、ずんずん、ぐんぐん、ずんずん、ぐんぐん、のびだして、どうやら、天にとどいたようです。
「さあ、のぼろうぞ。」
犬かいさんは、犬をつれて、ウリのつるにとっつきました。そして、どんどん、じゃんじゃん、のぼっていきました。天のすぐ下まで行ってみると、ぞうり一そくぶんだけ、ウリのつるが、天からはなれております。
犬かいさんは考えました。
「そうだ。犬を先にやろう。」
犬を先に天におしあげ、犬かいさんは、そのしっぽをつかまえて、天にのぼっていきました。天に行ってみると、たなばたさんは、パタパタ、トントンと、はたを織《お》っております。
そして、
「どうやって、天へのぼってこられましたか。」
と、聞きました。
「ウリのつるをつたわってきた。それ、これは、そのウリの実《み》だ。おみやげに持ってきた。」
そういって、ウリを出しました。
そのとき、
「ウリは、輪切りにするがいいよ。」
と、犬かいさんはいいましたが、たなばたさんは、それを聞かないで、ウリを、たてに切ってしまいました。
すると、ウリの中から、それはたくさんの水が流れだして、見るまに、それが、ふたりのあいだで、天の川になりました。だから、犬かいさんとたなばたさんは、その川の両岸にわかれることになりました。
そこで、たなばたさんが、犬かいさんによびかけました。
「七日七日に会いましょう。」
すると、犬かいさんは、これを聞きちがえ、
「七月七日かあ——」
と、よびました。
たなばたさんは、これを、また、聞きちがえ、
「そうです、そうです。」
と、いいました。
それで、とうとう、一年に一度、七月七日にだけ、ふたりは会うことになりました。