十月二十六日
小野浦の吾が家に眠りいる夢を見たり。傍《かたわ》らに母居て縫い物して居りしが、吾に言い給う。重右衛門、今日はお萩《はぎ》を作りて進ぜようと。今日は何の日ならむと思いめぐらすに、はっと気づきたり。母上の命日《めいにち》なり。その母上、目の前にいて娘の如く若し。よくよく見るに、母にあらずお琴なり。お琴お琴と、ふたたび三度呼びて目覚めたり。
覚むれば暁《あけ》の波、船端を打つが聞こゆ。ああ夢なりき。正しく本日、母上の命日なり。何を言わんとて、暁の夢に母上立ち給うや。母を思い、父を思い、妻を思い、子らを思いて、枕《まくら》に涙落つ。
この日|曇天《どんてん》。されどひと所に青空のぞけり。水主ら、念仏をとなうる者多くなりたり。立ち歩む者なし。仁右衛門来りて吾《われ》に言う。水主《かこ》らに仕事を与えむと。吾言う。濡《ぬ》れ米《まい》を干《ほ》させよと。
小野浦の吾が家に眠りいる夢を見たり。傍《かたわ》らに母居て縫い物して居りしが、吾に言い給う。重右衛門、今日はお萩《はぎ》を作りて進ぜようと。今日は何の日ならむと思いめぐらすに、はっと気づきたり。母上の命日《めいにち》なり。その母上、目の前にいて娘の如く若し。よくよく見るに、母にあらずお琴なり。お琴お琴と、ふたたび三度呼びて目覚めたり。
覚むれば暁《あけ》の波、船端を打つが聞こゆ。ああ夢なりき。正しく本日、母上の命日なり。何を言わんとて、暁の夢に母上立ち給うや。母を思い、父を思い、妻を思い、子らを思いて、枕《まくら》に涙落つ。
この日|曇天《どんてん》。されどひと所に青空のぞけり。水主ら、念仏をとなうる者多くなりたり。立ち歩む者なし。仁右衛門来りて吾《われ》に言う。水主《かこ》らに仕事を与えむと。吾言う。濡《ぬ》れ米《まい》を干《ほ》させよと。