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海嶺140

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:三 砦に向かってなだらかな広い傾斜地だ。野菜畠《やさいばたけ》やりんご園、そして、牛や羊を放牧する牧場がある。珍しく晴れ
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 砦に向かってなだらかな広い傾斜地だ。野菜畠《やさいばたけ》やりんご園、そして、牛や羊を放牧する牧場がある。珍しく晴れ上がった九月の午後だ。秋の日ざしに青いりんごがつやつやと光っている。
「そうやなあ。困ったことになってしもうたな」
岩松は砦《とりで》の向こうに見える河の輝きに目をやった。砦の中に動く人々が見える。白い犬が見える。馬車のとまるのが見える。河岸を離れる帆船が見える。そしてその向こうに小高い緑の丘が見えた。
「とにかく、明日のサンデーは、腹でも痛うなったことにして、スクール・チャーチは休むことにせにゃ」
久吉は草原に寝ころんで、真上のりんごの木を見上げた。この間の日曜日、自分たちの聞いた話が、どうやらキリシタンらしいと気づいて以来、三人は幾度も幾度も話し合って来た。そして、遂にまた明日の日曜日を迎えようとしていた。
「なあ、舵取りさん。どんなことがあっても、キリシタンの話はいかんで。耳の穢《けが》れだでな」
音吉の賢そうな目が、岩松を見る。岩松はあぐらをかいていた足を、草の上に伸ばすと、
「そこが面倒なところや。ここの人らはみんなキリシタンや。日本ではキリシタンは邪宗門《じやしゆうもん》だが、ここでは誰も、邪宗門などとは思っておらんでな。チャーチにお詣《まい》りに行かねば、仲間|外《はず》れになろうし……」
「けどな舵取《かじと》りさん。わしは、キリシタンだけはごめんや。万々一、こっちでキリシタンのお詣りをしたとわかったら、帰ってから逆《さか》さ磔《はりつけ》やで。おまけに、親も兄弟も同じお仕置きを受けるでな」
「うん。それは言うまでもあらせん。文化何年|頃《ごろ》やったかな。どこぞでキリシタンが大勢お仕置きにあったと、聞かされたことがある」
岩松は自分に字を教えてくれた占い師の竹軒《ちつけん》を思い出した。長いあごひげを手でしごきながら、
「岩松、キリシタン共は哀れじゃ。何も知らぬ二つ三つの童《わらべ》までが火あぶり、水責めに遭《お》うたものじゃ」
と、語ってくれたことがある。が、竹軒は、キリシタンを邪宗だとは言わなかった。キリシタンの悪口を、ついぞ言わなかった。只、逆さ磔、斬首《ざんしゆ》など、悲惨な最期《さいご》を話してくれたものだった。
(もしかしたら、あの竹軒先生も……)
キリシタンではなかったかと、岩松は今にして思った。
一六三九年(寛永十六年)以来、日本ではキリシタン禁制が一段ときびしくなり、日本人の海外進出も一切《いつさい》禁止された。中国人、オランダ人以外の異国人が日本に来ることも拒んだ。貿易は統制を受けた。特にキリシタンへの圧迫は異常なまでに激しかった。一六三九年以来、日本からキリシタンは根絶されたかに見えたが、信仰は尚《なお》もひそかに受けつがれ、明暦《めいれき》、寛文、寛政、文化の時代にも、幾度か多くの信者がその血を流したのである。つまり、岩松の子供の頃《ころ》にも、その残酷な弾圧はあったわけである。
日本の町という町、村という村には、寺請《てらうけ》証文が出されていた。寺請証文とは宗旨《しゆうし》手形、あるいは宗門手形とも言った。寺がその檀徒《だんと》にキリシタンでないことを証明する文書である。この寺請証文がなければ、奉公に出ることも、嫁に行くこともできなかった。そうしたきびしさの中で、岩松たちは、正体のわからぬキリシタンなるものが、ひどく無気味なものに思われてならなかったのである。
「とにかく、舵取《かじと》りさん、キリシタンのお詣《まい》りには行かんほうがええで。わしは行かん。明日きっと腹が痛うなるわ。腹下りするわ」
久吉は腹をおさえて見せた。
「久、明日一日ぐらいは腹痛でごまかせても、次のサンデーにはどうするんや」
岩松が尋《たず》ねる。
「次のサンデーには頭が痛うなるわ」
「その次は風邪《かぜ》でもひくつもりか」
「そうや。熱でも出してやるわ」
「しかしな、久。そうそうサンデーにばかり体の具合が悪くなっては、仮病《けびよう》とすぐわかるで」
「わかってもかまわん。まさか、お詣りせんでも、逆《さか》さ磔《はりつけ》になるわけでもあらせんやろ」
「久吉、そりゃわからせんで。こっちにはこっちの寺請証文が要るのかも知れせんで。なあ舵取りさん」
牛が近くでのんびりと啼《な》いた。
「ええなあ牛は。どこの神さんにも仏さんにも義理立てせんでええでな」
久吉は起き上がって、牛の群れのほうに目をやった。
「とにかく困ったもんや」
岩松は暗いまなざしを砦《とりで》のほうに向けたが、
「わしらが日本に帰るのは、時間の問題や。帰れば第一に聞かれるのが、このキリシタンのことにちがいあらせん。絶対に宗旨《しゆうし》は変えなんだと言い張っても、あれやこれやと、しつこく聞かれるに決まっている」
「それがいやや。いややなあ、もう」
久吉は顔をしかめた。
「言葉がわからせんかったと、白《しら》を切り通せばええやろか、舵取《かじと》りさん」
「まあ、そうやろ。それはそうと、キリシタンは日本の役人たちが思うとるほど、悪いとも思えんがな」
「か、舵取りさん! そんなこと日本に聞こえたら、それこそ大変やで」
音吉が真剣な顔で言った。
「わかっとる」
岩松は苦笑して、
「だからここだけの話や。音、久、よう考えて見ろ。もしキリシタンが、日本で言うほど悪い教えなら、わしらをこんなに親切には扱わんで」
「そう言われればそうやな、音。ミスター・グリーンもドクターもほんとに親切や。俺たちは日本では、役人たちから洟《はな》をひっかけられたこともあらせんわ」
「ほんとや。もしキリシタンが悪い教えなら、わしらをこんなに親切にするわけはないわな。キリシタンは生き血をすするとか、人の肉を食うとか、聞いたことはあるが、そんなこと全くなさそうやで」
音吉もうなずいて、
「けどな、なんぼいい教えでも、わしらが信ずることはできんわな」
「それはそうや。命あっての物種《ものだね》やでな。問題はいい教えかどうかより、絶対信じてはならんとの掟《おきて》を守らんならんでな」
そう言う久吉に岩松は、
「久の言うとおりや。しかしな、いい教えなら、ここにいる間だけでも、聞いておいてもいいような気がするしな」
音吉と久吉は顔を見合わせて、
「舵取《かじと》りさん、頼む。そんなこと言わんといてくれ。わしらお仕置きが恐ろしゅうて、恐ろしゅうて、かなわんでな」
と哀願した。岩松はうなずいた。が、まだ何か別のことを考えている顔つきだった。
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