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海嶺153

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:三 一歩部屋に入った音吉は、思わず息をのんだ。十五、六畳|程《ほど》の部屋だった。白布のかかったテーブルの真ん中に、豚の
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 一歩部屋に入った音吉は、思わず息をのんだ。十五、六畳|程《ほど》の部屋だった。白布のかかったテーブルの真ん中に、豚の丸焼きがどっかと置かれていたからだ。太いローソクが何本も部屋のあちこちに立てられている。そのゆらめく炎に、焼かれた豚が息づいているようにさえ見えた。音吉は、息を詰めたまま、脇腹《わきばら》を削られた豚を見つめた。
(何という恐ろしいことや)
と思った時、音吉は自分の名を耳にした。
「これがおときちです」
艦長が見なれぬ男に音吉を紹介したのだ。艦長がそう言うまで、艦長がそこにいることさえ気づかなかった。豚の丸焼きが余りにも強烈だったからだ。岩吉も久吉も、音吉と同様であった。が、さすがに岩吉は、幾人かの島民と共に艦長と二人の士官がテーブルを囲んでいるのを、すぐに見て取った。そして、この家の主人らしい、背の高い柔和《にゆうわ》な表情の男と、その妻らしい美しい女をも、岩吉は素早く見て取っていた。
ひと通りの挨拶《あいさつ》が終わると、音吉たちは椅子《いす》に腰をおろした。艦長は、ここが牧師館であること、背の高い人はこの教会の牧師であること、婦人は牧師の妻であることを三人に告げた。が、牧師という語は、三人には耳|馴《な》れぬ言葉であった。
中断された食事が再びつづけられた。
「いわきち、今、君たちの話をしたところがね、ブラウン牧師が、ぜひこの晩餐会《ばんさんかい》に呼びたいと言ってくれたんだ。よくお礼を言うがいい」
だが音吉は、艦長や牧師や岩吉の言葉がまだ耳に入らなかった。
(今まで、牛肉は何度も食ってきたが……)
それはすべて肉片であった。が、今、艦長たちは、豚の形そのまま、大きな皿にのせて、ナイフで削り取りながら談笑している。それが音吉には耐えられなかった。牛や羊をほふる場面は、フォート・バンクーバーや艦内でも見るには見た。それも最初は大きな衝撃だった。が、それらを丸ごとテーブルに載せたのは見たことがない。
(どうして、丸のまま食べるんやろ。気味悪うないやろか)
そっと傍《かたわ》らの久吉を見ると、久吉は運ばれて来たスープを飲み始めている。音吉たち三人は、水兵たちと共に砂浜で夕食を終えていた。が、それはいつもの艦内の食事と、ほとんど変わりがなかった。固い乾パンと、塩漬けの豚肉と、バターとチーズだった。それでも、今日はクリスマスの祝いに、チーズが、いつもより二切れ多くつけられていた。砂糖もいつもより多く支給された。そしてラム酒がやや多いという程度であった。
その食事にくらべると、ここの食卓はひどく豪華だった。ワインがグラスに注がれ、スープも野菜サラダも、グリーンピースの皿盛りもある。音吉は目を伏せて、豚の丸焼きに視線がいかないようにスープを飲みはじめた。夕食は終えてはいても、その久しぶりのまろやかな味は、フォート・バンクーバーを出発して以来のもので、実にうまかった。
「おときち、あなたはおいくつ?」
やや抑揚の強い、しかしやさしい声で牧師夫人が尋《たず》ねた。
「十六です」
音吉は牧師夫人を見た。そして音吉はどぎまぎした。今、自分を見つめている牧師夫人は余りにも若かった。二十をどれほども越えていないように見えた。しかもその目は、澄んだ秋空よりも青かった。ばら色の頬《ほお》には深い笑くぼがあり、フラッタリー岬のピーコーを思い出させた。金色の髪が白い額にやさしくカールして、それが牧師夫人をひときわ美しく見せていた。
(こんなにきれいな異人の女は、初めてや)
音吉は目を伏せた。豚の丸焼きさえなければ、ローソクのたくさん立てられたこの部屋は、気持ちのいい部屋だった。
「豚を召し上がれ」
牧師夫人はやさしく言った。
(こんなきれいな人が、この豚を焼いたんやろか)
そう思った時、ブラウン牧師が言った。
「豚の丸焼きは、この島の名物です。島の人が、時々焼いて、こうして届けてくれるのです」
音吉はそれを聞いてほっとした。
(よかった。このご新造が焼いたんやなかったわ)
「とてもおいしいのよ」
牧師夫人の声に、音吉は久吉の向こうの岩吉を見た。岩吉は他の客たちのように、馴《な》れた手つきで器用に肉を切り取っていた。音吉の飲み終わったスープの皿を、給仕の少年が運んで行った。音吉は目をつむる思いで、豚に手を伸ばした。
(やっぱり食わんならんのかな)
牧師夫人が、自分のほうを見つめていると思うと、仕方がなかった。
「日本という国も、神を拝みますか」
ブラウン牧師が言った。この問いは、岩吉にも、久吉にも、音吉にもよくわかった。岩吉が答えた。
「はい、拝みます」
「どんな神ですか」
岩吉が音吉に言った。
「わしはうまく言えせんでな、音、答えてみい」
三人はまだ、牧師なる者がどんな職業の者かを知らなかった。フォート・バンクーバーには牧師がいなかったからである。
「舵取《かじと》りさん、どんな神言われても、日本にはたくさんあるでな」
「まあ、覚えているだけ神さんの名を並べたらどうや」
言われて音吉は言った。
「日本にはいろいろな神があります。お伊勢さま、金比羅《こんぴら》さま、八幡さま、お稲荷《いなり》さま、天神さま、お岩大明神、船玉《ふなだま》さま、竜神《りゆうじん》さま、鬼子母神《きしぼじん》さま……」
音吉が言葉に詰まると久吉が言った。
「音、福の神もいるで、貧乏神、疫病神《やくびようがみ》、死神、廁《かわや》の神もいるで」
と、真顔で言った。音吉は、
「日本には百も千も神さまがおります」
八百万《やおよろず》と言いたかったが、八百万という数を英語で言い現すことができなかった。
「えっ? 百も千も?」
士官の一人が驚いた。
「はい。人の数|程《ほど》、神があると聞いています」
かつて父の武右衛門に聞いた言葉を思い出しながら、音吉は答えた。ブラウン牧師は大きくうなずいて、
「よくわかりました。では、その中にジーザス・クライストの神もいるのですか」
ジーザス・クライストと聞いて、音吉はどきりとした。音吉は激しく首を横にふった。
「ジーザス・クライストを拝んだら、みんな殺されます。本人も、家族も殺されます」
「殺される!?」
牧師より先に、牧師夫人が驚きの声を上げた。
ブラウン牧師は、今夜|乞《こ》われて艦長と二人の士官を泊めることにした。他の士官たちは酋長《しゆうちよう》や他の有力者たちの家に泊まることになっていた。同国人の来訪は牧師にとっても、うれしいことであった。折からクリスマスでもあり、親しい現地人の幾人かを招いて、ささやかな晩餐会《ばんさんかい》をひらいたのだ。その席上、イーグル号に日本人が三人|便乗《びんじよう》していると聞いた。そして便乗するに至ったいきさつも知った。牧師夫人がまず深い同情を寄せ、その三人を、この晩餐会に招きたいと言った。ブラウン牧師は直ちに同意した。ブラウン牧師は、日本人なる者を見たことがなかった。信仰|篤《あつ》いブラウン牧師にとって、世界のすべての民族は、神に救われるべき存在であった。今、日本人に会って、日本の宗教事情を聞き、日本人の性質を知ることは重要なことであった。もし仲間の誰かが、日本に伝道する場合、少しでも日本に対する予備知識を持つことは必要であった。ブラウン牧師は、その伝道上の配慮もあって、三人を招いたのである。
「わかりました。では、ジーザス・クライストの神を信じて殺された人を知っていますか」
音吉は首を傾けた。目の前にキリシタンが殺されたのを見たことがない。
「舵取《かじと》りさん。殺されたキリシタンを知ってる?」
「見たことはあらせんが、天草四郎時貞《あまくさしろうときさだ》は有名やな。わしの小さい時には、江戸ではたくさんお仕置きをされたそうや。なんせ十文字のしるしが見つかったら、殺されるんやからな」
音吉は岩吉の言ったことを、牧師に伝えた。
「それは恐ろしいことです。キリスト信者が迫害される……それは恐ろしいことです」
牧師が言うと、牧師夫人が言った。
「宣教師たちは、探検する人よりも、もっと先に方々の国に行きます。そして、あちこちでたくさん殺されました。でも、わたくしは、あなたたちの国のために祈ります。いつかは必ず、キリスト教を受け入れてくださる日が来るにちがいありません」
透きとおるような声であった。音吉たち三人は顔を見合わせた。久吉が言った。
「日本のお上《かみ》のこと、知らんのやなあ。キリシタンになったら、しばり首やら、逆《さか》さ磔《はりつけ》やら、むごい目に遭《あ》うんやで。キリシタンが許されるなんて、そんな日は絶対に来はせんで。音、そう言うたほうがいいで」
音吉はうなずいたが、何となくそう言うのは悪い気がした。しかし一方では、日本の国にキリシタンなど入って来られては、迷惑な気もした。
(なんで、ここの旦那《だんな》とご新造は、ジーザス・クライストのことばっかり言うんやろな)
話がキリシタンのことになったので、音吉の気持ちが重くなった。豚の丸焼きより、キリシタンの話のほうが、もっと恐ろしかった。
席の者たちが、そのことについて互いに話し合いを始めた。茶褐色《ちやかつしよく》の肌《はだ》をした現地人の髪は黒かった。が、インデアンともちがっていた。インデアンの黒髪は直かったが、この島の現地人の髪は波を打っていた。目が大きく唇《くちびる》が厚かった。しかしその表情は温和だった。
「音、見てみい。あれは瓢箪《ひようたん》とちがうか」
久吉が音吉の脇腹《わきばら》をつついて言った。見ると、部屋の片隅《かたすみ》に瓢箪が吊られてあった。
「久! ほんとに瓢箪や、懐かしいなあ」
音吉も声をつまらせた。久吉はすぐに、岩吉に伝えた。岩吉もその瓢箪に目を注《と》めて、しばらく視線を動かさなかった。
ひとしきりキリスト教迫害について人々は語り合っていたが、ブラウン牧師が三人に尋《たず》ねた。
「日本には文字がありますか」
三人が答えるより先に、艦長が言った。
「日本には字がありますよ。漢字と、そして日本独特の字があります。この三人は、自分の名前を漢字で書けますからな」
「ほほう、それはなかなか大した国ですね」
ブラウン牧師は一段と日本に興味を持ったふうで、
「あなたがたの国の字を、ちょっと書いて見せてくれませんか。いや、食事が終わってからでよろしいです。それはそうと楽器はありますか」
「楽器?」
「そうです。音の出るもの、笛とか、太鼓とか」
「あります、あります。横笛、尺八《しやくはち》、大太鼓、小太鼓、琴《こと》、三味線《しやみせん》、琵琶《びわ》……」
音吉は日本語で名詞を並べ立てた。と、久吉が、
「ドンドンドン、これが太鼓。ピイピイヒャララピイヒャララ、これが横笛」
と、手つきと声色《こわいろ》で言い、尺八を吹く真似をして、首をふりながら、
「これが尺八」
と言い、つづいて三味線、琴、琵琶、そして笙篳篥《しようひちりき》の声色までした。八幡社の傍《そば》に育った久吉には、笙篳篥は幼い時から聞いて育った懐かしい音色なのだ。みんなは喜んで手を叩《たた》いた。
「なるほど。ではオルガンやピアノ、バイオリンは?」
「いいえ、それはありません」
今まで黙ってワインを飲んでいた岩吉が答えた。
「そうですか。なかなか文化程度の優れた国ですね。では絵や彫刻はむろんあるのでしょうね」
岩吉と久吉が音吉を見た。野菜サラダにフォークを刺していた音吉は手をとめて、
「あります、あります。墨絵や、色のついた絵もあります。大きなドアに……」
襖《ふすま》と言いたかったが、襖という英語がわからない。音吉は一応、
「ドアに絵が描かれてあります」
良参寺の襖の絵を思い出しながらそう言った。彫刻も、寺の山門や、仏像、そして神社の狛犬《こまいぬ》など、たくさんあるのは知っているが、どうもうまく説明できない。それで音吉は言った。
「舵取《かじと》りさん。絵に描いて説明してくれませんか」
「わかった。食事がすんだら描いてみよう」
岩吉はマクラフリン博士の前でも、艦長の前でも絵や字を幾度か書いてきた。そのことを音吉が告げると、ブラウン夫人が、
「まあ! この方は芸術家ですか」
と、尊敬をこめたまなざしで岩吉を見た。
食事が終わってから、音吉は字を、岩吉は日本の絵や彫刻を、それぞれに与えられた紙の上に書いて見せた。音吉は寺子屋で習ったように、いろは四十八文字を片仮名と平仮名で書いた。岩吉は、大きな襖をまず描き、それに牡丹《ぼたん》や虎《とら》の絵などを描いて見せた。それから、床の間にかける掛け軸を描き、それに達磨《だるま》や山水《さんすい》の絵を添えた。
音吉は知っている限りの漢字を書き始めた。その中には、千石船《せんごくぶね》の中で岩吉から習った字もかなりあった。艦長、ブラウン牧師、牧師夫人、士官たち、そして現地人たちも珍しそうに日本の字や絵に見入っていた。音吉は一字一字ていねいに書く。岩吉は手早く、的確に、次々と絵を描いていく。仏像も狛犬も、山門の彫刻も、見事に描いた。省略の利いた、しかし的確な筆づかいであった。
「驚きました。すばらしい国です、日本は」
ブラウン牧師は率直に言った。
「どうも、そうらしいですな。この三人も、なかなか礼儀が正しいですよ。質のよい国民のようです」
艦長もほめた。艦長は艦内にいる時とはちがって、やさしい表情を見せていた。
「この国なら、キリストの愛を、きっと受け入れてくれるにちがいありません、艦長」
「そうかね。ではロンドンに帰った時、早速そのことを伝えて置こう」
「とにかく字も絵も彫刻もある。恐らく建築も、機織《はたお》りも立派なものがあるにちがいありません。ただ、問題は、この国にたくさんの神があるということです。アテネのように」
夫人も、艦長も現地人たちも大きくうなずいた。皆信者なのである。
「確かに神は唯一です。このことを日本の人々は、絶えて誰からも聞かされていないのでしょうな」
「きっとそうです、艦長。この三人を送り届ける時が、宣教のチャンスです」
「しかし、迫害がひどいと三人は言っているが……」
「確かにそのようですが、教養のある国です。聖書を日本語に翻訳《ほんやく》したら、真の神の愛を、聖書の中に読みとるにちがいありません」
「なるほど。しかしそれはむずかしい話だ。こんな複雑な文字を読むことも、書くことも、吾々《われわれ》には出来そうもない」
艦長は音吉の書いた文字を指さして、頭を横にふった。ブラウン夫人が言った。
「そうでしょうか、艦長。わたくしはそうは思いませんわ。この三人を見ていると、日本という国が、すばらしい国に思われてなりません。いつか必ずキリストを受け入れてくれますわ」
早口に語り合うそれらの言葉を、音吉たち三人は全部聞きとることはできなかった。
(このご新造は、どうしてジーザス・クライストのことばかり言うんやろ)
再び音吉は、心の中で呟《つぶや》いた。
(わしらはキリシタンは嫌《きら》いなんや! 恐ろしいんや! いやなんや!)
音吉は心の中に叫んでいた。岩吉は、まだうつ向いたまま、鉛筆を走らせていた。鉛筆の先からは千石船《せんごくぶね》が次第に形造られていった。
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