中世以降、漢字音を書き分けるため、まれに濁音仮名(濁音を表す万葉仮名)の例が見られます。これは、漢文訓読の場で、漢語の音声を正確に記述するために用いられたものです。しかし、漢文訓読でルビとして使う便宜から、万葉仮名を省画化したカタカナが作られたのに対して、濁音仮名は使用頻度が低かったため省画化されませんでした。そのため、画数の多い文字を使うという非効率性と、省画体(カタカナ)と非省画化(万葉仮名)とが共存するという非体系性とが嫌われ、濁音仮名は消えてゆきます。
濁音仮名が消滅するなかで、漢文訓読での濁音表記の方法として、主に(1)カタカナへの有標符号の付加と(2)漢字のアクセント記号である声点記号を変形する方法(=濁声点)とが採用されてゆきました(鏡文字を使う、「濁」の字を添えるという方法もあったようです)。なお、濁声点では、例えば、声点記号の「●」を「●●」、「△」、「-」などに変形しました。これらのうち、(1)の方法は、仮名に有標符号をつけ・さらに漢字に声点をつけるという二度手間が嫌われたためか、あまり行なわれなくなっていきます。その結果、(2)の方法(中でも特に「●●」の方式)が生き残りました。その後、漢文訓読において漢字のアクセント表記の必要性が減少し、声点が付されなくなってゆく(1150年ころ?)に連れ、濁声点がルビであるカタカナにつけられるようになっていきました。
以上のおおまかな説明を図に表すと、次の図表のようになります(沼本 1992 を一部改変)。
もともと漢文訓読では、アクセント表記の声点を、ルビであるカタカナに付すことがありました。ただ、その場合はのように必ず左側に高低を示していました。カタカナの右側はアクセント符号の付されることのない場所だったわけです。そのため、濁音を表す符号をカタカナにつける場合に、アクセント表示と誤解されないように(あるいはより積極的に濁点であることを表わすために)右側につけるようになりました。右側といっても、文献では右上・右中・右下のいずれの例も見られます。しかし、次第に右上が優勢になり、右上に統一されることになります。これは、右手で文字を書く人が圧倒的に多かったからではないかと推測されます。結局、濁点が付される右上は、右手で字を書く場合にもっとも書きやすい位置だったのです。(参考文献:沼本 1990,1992 など)。