首相は文書の二ページ目をめくったが、まだまだ先が長いとわかると、やるだけむだだと諦あきらめた。両腕を上げて伸びをしながら、首相は憂鬱ゆううつな気分で部屋を見回した。瀟しょう洒しゃな部屋だ。上質の大だい理り石せきの暖炉だんろの反対側にある縦長たてながの窓は、季節はずれの寒さを締め出すためにしっかり閉じられている。首相はブルッと身震みぶるいして立ち上がり、窓辺まどべに近寄って、窓ガラスを覆おおうように垂たれ込めている薄うすい霧を眺ながめた。ちょうどそのとき、部屋に背を向けていた首相の背後で、軽い咳払せきばらいが聞こえた。
首相はその場に凍こおりつき、目の前の暗い窓ガラスに映うつっている自分の怯おびえた顔を見つめた。この咳払いは……以前にも聞いたことがある。首相はゆっくりと体の向きを変え、がらんとした部屋に顔を向けた。
「誰だれかね?」声だけは気き丈じょうに、首相が呼びかけた。
答える者などいはしないと、ほんの一いっ瞬しゅん、首相は虚むなしい望みを抱いた。しかし、たちまち返事が返ってきた。まるで準じゅん備びした文章を棒読ぼうよみしているような、てきぱきと杓しゃく子し定じょう規ぎな声だった。声の主は――最初の咳払せきばらいで首相にはわかっていたのだが――蛙かえる顔がおの小男だ。長い銀色の鬘かつらを着けた姿で、部屋の一番隅すみにある汚れた小さな油絵に描かれている。
「マグルの首相閣下かっか。火か急きゅうにお目にかかりたし。至し急きゅうお返事のほどを。草々そうそう。ファッジ」
絵の主は答えを促うながすように首相を見た。
「あー」首相が言った。「実はですな……いまはちょっと都合つごうが……電話を待っているところで、えー……さる国の元首からでして――」
「その件は変更へんこう可能」絵が即座そくざに答えた。
首相はがっかりした。そうなるのではと恐れていたのだ�class="title">