ネクタイを直しながら、首相は急いで机に戻った。椅い子すに座り、泰たい然ぜん自じ若じゃくとした表情をなんとか取り繕つくろったとたん、大だい理り石せきのマントルピースの中で、薪まきもない空の火ひ格ごう子しに、突然明るい緑の炎が燃え上がった。首相は、驚きうろたえた素そ振ぶりなど微塵みじんも見せまいと気負いながら、小太りの男が独こ楽まのように回転して、炎の中に現れるのを見つめた。
まもなく男は、ライムグリーンの山やま高たか帽ぼう子しを手に、細縞ほそじまの長いマントの袖そでの灰を払い落としながら、かなり高級な年代物の敷物しきものの上に這はい出てきた。
「おお……首相閣下」
コーネリウス・ファッジが、片手を差し出しながら大股おおまたで進み出た。
「またお目にかかれて、うれしいですな」
同じ挨あい拶さつを返す気持になれず、首相は何も言わなかった。ファッジに会えてうれしいなどとは、お世せ辞じにも言えなかった。ときどきファッジが現れることだけでも度肝どぎもを抜かれるのに、その上、たいがい悪い知らせを聞かされるのが落ちなのだ。
ファッジは目に見えて憔しょう悴すいしていた。やつれてますます禿はげ上がり、白髪しらがも増え、げっそりとした表情だった。首相は、政治家がこんな表情をしているのを以前にも見たことがある。けっして吉きっ兆ちょうではない。
「何か御用ですかな?」
首相はそそくさとファッジと握手あくしゅし、机の前にある一番硬かたい椅子を勧すすめた。
「いやはや、何からお話ししてよいやら」ファッジは椅い子すを引き寄よせて座り、ライムグリーンの山やま高たか帽ぼうを膝ひざの上に置きながらボソボソ言った。「いやはや先週ときたら、いやまったく……」
「あなたのほうもそうだったわけですな?」
首相は、つっけんどんに言った。ファッジからこれ以上何か聞かせていただくまでもなく、すでに当方は手て一いっ杯ぱいなのだということが、これで伝わればよいのだが、と思った。