「ご心配めさるな」と、そのときファッジは言った。
「たぶん、二度と私に会うことはないでしょう。我が方で本当に深刻しんこくな事態じたいが起こらないかぎり、私があなたをお煩わずらわせすることはありませんからな。マグル――非魔法族ですが――マグルに影えい響きょうするような事態じたいに立ち至らなければということですよ。それさえなければ、平和共存ですからな。ところで、あなたは前ぜん任にん者しゃよりずっと冷静れいせいですなあ。前首相ときたら、私のことを政敵せいてきが仕組んだ悪い冗じょう談だんだと思ったらしく、窓から放り出そうとしましてね」
ここにきて首相はやっと声が出るようになった。
「すると――悪い冗談、ではないと?」最後の、一縷いちるの望みだったのに。
「違いますな」ファッジがやんわりと言った。「残念ながら、違いますな。そーれ」
そしてファッジは、首相の紅茶カップをスナネズミに変えてしまった。
「しかし……」
紅茶カップ・スナネズミが次の演説えんぜつの原稿げんこうの端はしをかじり出したのを見ながら、首相は息を殺して言った。
「しかし、なぜ――なぜ誰だれも私に話して――?」
「魔法大臣は、そのときの首相にしか姿を見せませんのでね」
ファッジは上着のポケットに杖つえを突っ込みながら言った。
「秘密を守るにはそれがいちばんだと考えましてね」
「しかし、それなら」首相が愚ぐ痴ちっぽく言った。
「前首相はどうして私に一言警けい告こくして――?」
ファッジが笑い出した。
「親愛しんあいなる首相閣下かっか。あなたなら誰かに話しますかな?」
声を上げて笑いながら、ファッジは暖炉だんろに粉こなのようなものを投げ入れ、エメラルド色の炎の中に入り込み、ヒュッという音とともに姿を消した。首相は身動きもせずその場に立ちすくんでいた。言われてみれば、今夜のことは、口が裂さけても一生誰にも話さないだろう。たとえ話したところで、世界広しといえども誰が信じるというのか?