ところが三年前、ちょうど今夜のような夜、一人で執しつ務む室しつにいると、またしても肖像画が、ファッジがまもなく来訪らいほうすると告げ、ずぶ濡ぬれで慌あわてふためいたファッジが、暖炉だんろからワッと飛び出した。上じょう等とうなアクスミンスター織おりの絨じゅう毯たんにボタボタ滴しずくを垂たらしている理由を、首相が問とい質ただす間もなく、ファッジは、首相が聞いたこともない監獄かんごくのことやら、「シリアス・ブラック」とかいう男のこと、ホグワーツとか何とか、ハリー・ポッターという名の男の子とかについて喚わめき立てはじめた。どれもこれも、首相にとってはチンプンカンプンだった。
「……アズカバンに行ってきたところなんだが」
ファッジは山やま高たか帽ぼうの縁ふちに溜たまった大量の水をポケットに流し込み、息を切らして言った。
「なにしろ、北海のまん中からなんで、飛行もひと苦労で……吸魂鬼ディメンターは怒り狂っているし――」ファッジは身震みぶるいした。
「――これまで一度も脱走だっそうされたことがないんでね。とにかく、首相閣下かっか、あなたをお訪たずねせざるをえませんでね。ブラックはマグル・キラーで通っているし、『例れいのあの人』と合流することを企たくらんでいるかもしれません……と言っても、あなたは、『例のあの人』が何者かさえご存知ぞんじない!」
ファッジは一いっ瞬しゅん、途方とほうに暮くれたように首相を見つめたが、やがてこう言った。
「さあ、さあ、お掛かけなさい。少し事情を説明したほうがよさそうだ……ウィスキーでもどうぞ……」
自分の部屋でお掛けくださいと言われるのも癪しゃくだったし、ましてや自分のウィスキーを勧すすめられるのはなおさらだったが、首相はとにかく椅い子すに座った。ファッジは杖つえを引っぱり出し、どこからともなく、なみなみと琥こ珀はく色いろの液体えきたいの注つがれた大きなグラスを二個取り出して、一つを首相の手に押しつけると、自分も椅子に掛けた。
ファッジは一時間以上も話した。一度、ある名前を口にすることを拒こばみ、その代わり羊よう皮ひ紙しに名前を書いて、ウィスキーを持っていないほうの首相の手にそれを押しつけた。ファッジがやっと腰こしを上げて帰ろうとしたとき、首相も立ち上がった。