首相は何と言ってよいやらわからなかった。しかし、どんな話題でも熟じゅく知ちしているように見せかけたいという、身についた習しゅう慣かんのせいで、これまでの何回かの会話の詳しょう細さいを何でもいいから思い出そうと、あれこれ記憶をたどった。
「シリアス・ブラックは――あー――『名前を言ってはいけないあの人』と一いっ緒しょに?」
「ブラック? ブラック?」
ファッジは山やま高たか帽ぼうを指でクルクル回転させながら、ほかのことを考えている様子だった。
「シリウス・ブラック、のことかね? いーや、とんでもない。ブラックは死にましたよ。我々が――あー――ブラックについては間違っていたようで。結けっ局きょくあの男は無実でしたよ。それに、『名前を言ってはいけないあの人』の一味でもなかったですな。とは言え――」
ファッジは帽子ぼうしをますます早回ししながら、言い訳がましく言葉を続けた。
「すべての証しょう拠こは――五十人以上の目もく撃げき者しゃもいたわけですがね。――まあ、しかし、とにかく、あの男は死にました。実は殺されました。魔法省の敷しき地ち内ないで。実は調査が行われる予定で……」
首相はここでファッジがかわいそうになり、チクリと胸が痛んで自分でも驚いた。しかし、そんな気持は、輝かがやかしい自己満足で、たちまち掻かき消されてしまった――暖炉だんろから姿を現す分野では劣おとっているかもしれないが、私の管轄かんかつする政府の省しょう庁ちょうで殺人があったためしはない……少なくともいままでは……。
幸運が逃げない呪まじないに、首相が木製もくせいの机にそっと触ふれている間、ファッジはしゃべり続けた。
「しかし、ブラックのことはいまは関係ない。要ようは、首相閣下かっか、我々が戦せん争そう状じょう態たいにあるということでありまして、態勢たいせいを整えなければなりません」
「戦争?」首相は神経しんけいを尖とがらせた。「まさか、それはちょっと大げさじゃありませんか?」