「聞いていますとも!」首相が答えた。
「実は、その事件はこのすぐ近くで起こりましてね。新聞が大はしゃぎでしたよ。『首相のお膝元ひざもとで法と秩序ちつじょが破られた――』」
「それでもまだ足りないとばかり――」ファッジは首相の言葉をほとんど聞いていなかった。
「吸きゅう魂こん鬼きがうじゃうじゃ出しゅつ没ぼつして、あっちでもこっちでも手当たりしだいに人を襲おそっている……」
その昔、より平和なときだったら、これを聞いても首相にはわけがわからなかったはずだが、いまや知ち恵えがついていた。
「『吸魂鬼』はアズカバンの監獄かんごくを守っているのではなかったですかな?」
首相は慎しん重ちょうな聞き方をした。
「そうでした」ファッジは疲れたように言った。
「しかし、もういまは。監獄を放棄ほうきして、『名前を言ってはいけないあの人』につきましたよ。これが打撃だげきでなかったとは言えませんな」
「しかし……」首相は徐々じょじょに恐きょう怖ふが湧わいてくるのを感じた。
「その生き物は、希望や幸福を奪うばい去るとかおっしゃいませんでしたか?」
「たしかに。しかも連中は増えている。だからこんな霧きりが立ち込めているわけで」
首相は、よろよろとそばの椅い子すにへたり込んだ。見えない生き物が町や村の空を襲おそって飛び、自分の支持者である選挙民に絶望ぜつぼうや失望を撒まき散ちらしていると思うと、眩暈めまいがした。
「いいですか、ファッジ大臣――あなたは手を打つべきです! 魔法大臣としてのあなたの責任でしょう!」
「まあ、首相閣下かっか、こんなことがいろいろあったあとで、私がまだ大臣の座にあるなんて、本気でそう思われますかな? 三日前にクビになりました! 魔法界全体が、この二週間、私の辞任じにん要求を叫さけび続けましてね。私の任にん期き中ちゅうにこれほど国がまとまったことはないですわ!」ファッジは勇敢ゆうかんにも微笑ほほえんでみせようとした。