「そなたたちはわしが頼んだようにはせなんだ。ハリーを息子として遇ぐうしたことはなかった。ハリーはただ無視され、そなたたちの手でたびたび残酷ざんこくに扱われていた。せめてもの救いは、二人の間に座っておるその哀あわれな少年が被こうむったような、言ごん語ご道どう断だんの被害ひがいを、ハリーは免まぬかれたということじゃろう」
ペチュニアおばさんもバーノンおじさんも、反はん射しゃ的てきにあたりを見回した。二人の間に挟はさまっているダドリー以外に、誰だれかがいることを期待したようだった。
「わしたちが――ダッダーを虐ぎゃく待たいしたと? なにを――?」
バーノンがかんかんになってそう言いかけたが、ダンブルドアは人指し指を上げて、静かにと合図した。まるでバーノンおじさんを急に口がきけなくしてしまったかのように、沈ちん黙もくが訪おとずれた。
「わしが十五年前にかけた魔法は、この家をハリーが家庭と呼べるうちは、ハリーに強力な保ほ護ごを与えるというものじゃった。ハリーがこの家でどんなに惨みじめだったにしても、どんなに疎うとまれ、どんなにひどい仕打ちを受けていたにしても、そなたたちは、しぶしぶではあったが、少なくともハリーに居場所を与えた。この魔法は、ハリーが十七歳になったときに効きき目を失うであろう。つまり、ハリーが一人前の男になった瞬しゅん間かんにじゃ。わしは一つだけお願いする。ハリーが十七歳の誕たん生じょう日びを迎える前に、もう一度ハリーがこの家に戻もどることを許してほしい。そうすれば、その時が来るまでは、護まもりはたしかに継続するのじゃ」
ダーズリー一家は誰も何も言わなかった。ダドリーは、いったいいつ自分が虐待されたのかをまだ考えているかのように、顔をしかめていた。バーノンおじさんは喉のどに何かつかえたような顔をしていた。しかし、ペチュニアおばさんは、なぜか顔を赤らめていた。
「さて、ハリー……出発の時間じゃ」
立ち上がって長い黒マントの皺しわを伸ばしながら、ダンブルドアがついにそう言った。
「またお会いするときまで」とダンブルドアは挨あい拶さつしたが、ダーズリー一家は、自分たちとしてはそのときが永久に来なくてよいという顔をしていた。帽子ぼうしを脱いで挨拶した後、ダンブルドアはすっと部屋を出た。
「さよなら」
急いでダーズリーたちにそう挨拶し、ハリーもダンブルドアに続いた。ダンブルドアはヘドウィグの鳥籠とりかごを上に載のせたトランクのそばで立ち止まった。「これはいまのところ邪魔じゃまじゃな」
ダンブルドアは再び杖つえを取り出した。
「『隠かくれ穴あな』で待っているように送っておこう。ただ、『透とう明めいマント』だけは持っていきなさい……万が一のためにじゃ」
トランクの中がごちゃごちゃなので、ダンブルドアに見られまいとして苦労しながら、ハリーはやっと「透明マント」を引っぱり出した。それを上着の内ポケットにしまい込むと、ダンブルドアが杖を一振りし、トランクも鳥籠も、ヘドウィグも消えた。ダンブルドアがさらに杖を振ると、玄げん関かんの戸が開き、ひんやりした霧きりの闇やみが現れた。
「それではハリー、夜の世界に踏ふみ出し、あの気まぐれで蟲こ惑わく的てきな女性を追求するのじゃ。冒険ぼうけんという名の」