前の所有者を不快に思う気持は、たちまち吹き飛んだ。こんどは目を凝こらして次の行ぎょうを読んだ。教科書によると、薬が水のように澄すんでくるまで時計と反対回りに撹拌かくはんしなければならない。しかし追加された書き込みでは、七回撹拌するごとに、一回時計回りを加えなければならない。書き込みは二度目も正しいのだろうか?
ハリーは時計と反対回りに掻かき回し、息を止めて、時計回りに一回掻き回した。たちまち効果が現れた。薬はごく淡いピンク色に変わった。
「どうやったらそうなるの?」
顔をまっ赤にしたハーマイオニーが詰問きつもんした。大おお鍋なべからの湯気でハーマイオニーの髪かみはますます膨ふくれ上がっていた。しかし、ハーマイオニーの薬は頑がんとしてまだ紫色だった。
「時計回りの撹拌を加えるんだ――」
「だめ、だめ。本では時計と反対回りよ!」ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
ハリーは肩をすくめ、同じやり方を続けた。七回時計と反対、一回時計回り、休み……七回時計と反対、一回時計回り……。
テーブルの向かい側で、ロンが低い声で絶え間なく悪態あくたいをついていた。ロンの薬は液状の甘かん草飴ぞうあめのようだった。ハリーはあたりを見回した。目の届くかぎり、ハリーの薬のような薄うすい色になっている液は一つもない。ハリーは気持が高揚こうようした。この地ち下か牢ろうでそんな気分になったことは、これまで一度もない。
「さあ、時間……終了!」スラグホーンが声をかけた。「撹拌、やめ!」
スラグホーンは大鍋を覗のぞき込みながら、何も言わずに、ときどき薬を掻き回したり、臭いを嗅かいだりして、ゆっくりとテーブルを巡った。ついに、ハリー、ロン、ハーマイオニーとアーニーのテーブルの番が来た。ロンの大鍋のタール状の物質を見て、スラグホーンは気の毒そうな笑いを浮かべ、アーニーの濃紺のうこんの調ちょう合ごう物ぶつは素通りした。ハーマイオニーの薬には、よしよしと頷いた。次にハリーのを見たとたん、信じられないという喜びの表情がスラグホーンの顔に広がった。
「紛まぎれもない勝利者だ!」スラグホーンは地下牢中に呼ばわった。
「すばらしい、すばらしい、ハリー! なんと、君は明らかに母親の才能を受け継いでいる。彼女は魔法薬の名人だった。あのリリーは! さあ、さあ、これを――約束のフェリックス・フェリシスの瓶びんだ。上手に使いなさい!」
ハリーは金色の液体が入った小さな瓶を、内ポケットに滑すべり込ませた。妙みょうな気分だった。スリザリン生の怒った顔を見るのはうれしかったが、ハーマイオニーのがっかりした顔を見ると罪ざい悪あく感かんを感じた。ロンはただ驚いて口もきけない様子だった。