ダンブルドアは立ち上がって机を離れ、ハリーのそばを通り過ぎた。ハリーは座ったまま、逸はやる気持で、ダンブルドアが扉とびらの脇わきのキャビネット棚だなに屈かがみ込むのを見ていた。身を起こしたとき、ダンブルドアの手には例の平たい石の水すい盆ぼんがあった。縁ふちに不思議な彫り物が施ほどこしてある「憂いの篩ペンシーブ」だ。ダンブルドアはそれをハリーの目の前の机に置いた。
「心配そうじゃな」
たしかにハリーは、「憂いの篩」を不安そうに見つめていた。この奇き妙みょうな道具は、さまざまな想おもいや記憶を蓄たくわえ、現す。この道具には、これまで教えられることも多かったが、同時に当とう惑わくさせられる経験もした。前回水盆の中身を掻かき乱したとき、ハリーは見たくないものまでたくさん見てしまった。しかしダンブルドアは微び笑しょうしていた。
「こんどは、わしと一いっ緒しょにこれに入る……さらに、いつもと違って、許可を得て入るのじゃ」
「先生、どこに行くのですか?」
「ボブ・オグデンの記憶の小道をたどる旅じゃ」
ダンブルドアは、ポケットからクリスタルの瓶びんを取り出した。銀ぎん白はく色しょくの物質が中で渦うずを巻いている。
「ボブ・オグデンて、誰ですか?」
「魔ま法ほう法ほう執しっ行こう部ぶに勤めていた者じゃ」ダンブルドアが答えた。
「先ごろ亡くなったが、その前にわしはオグデンを探し出し、記憶をわしに打ち明けるよう説せっ得とくするだけの間があった。これから、オグデンが仕事上訪問した場所について行く。――ハリー、さあ立ちなさい……」
しかしダンブルドアは、クリスタルの瓶の蓋ふたを取るのに苦労していた。けがをした手が強張こわばり、痛みがあるようだった。
「先生、やりましょうか――僕が?」
「ハリー、それには及ばぬ――」
ダンブルドアが杖つえで瓶びんを指すと、コルクが飛んだ。
「先生――どうして手をけがなさったんですか?」
黒くなった指を、おぞましくもあり、痛々しくも思いながら、ハリーはまた同じ質問をした。
「ハリーよ、いまはその話をするときではない。まだじゃ。ボブ・オグデンとの約束の時間があるのでな」
ダンブルドアが銀色の中身を空けると、「憂うれいの篩ふるい」の中で、液体でも気体でもないものが微かすかに光りながら渦巻いた。
「先に行くがよい」ダンブルドアは、水すい盆ぼんへとハリーを促うながした。
ハリーは前屈まえかがみになり、息を深く吸すって、銀色の物質の中に顔を突っ込んだ。両足が校長室の床を離れるのを感じた。渦巻く闇やみの中を、ハリーは下へ、下へと落ちていった。そして、突然の眩まぶしい陽ひの光に、ハリーは目を瞬しばたたいた。目が慣なれないうちに、ダンブルドアがハリーの傍かたわらに降り立った。