こういう呪文をおもしろく思わないただ一人の人物は、ハーマイオニーだった。ハリーが近くにいる誰だれかにこのマフリアート呪文を使うと、ハーマイオニーはその間中、頑かたくなに非難ひなんの表情を崩くずさず、口をきくことさえ拒絶きょぜつした。
ベッドに背中をもたせかけながら、プリンスが苦労したらしい呪文の走り書きをもっとよく確かめようと、ハリーは本を斜めにして見た。何回もバツ印で消したり書き直したりして、最後にそのページの隅すみに詰め込むように書かれている呪文だ。
「レビコーパス、身しん体たい浮ふ上じょう(無む)」
風と霙みぞれが容赦ようしゃなく窓を叩たたき、ネビルは大きないびきをかいている。ハリーは括弧かっこ書きを見つめた。無……無む言ごん呪じゅ文もんの意味に違いない。ハリーは、まだ無言呪文そのものにてこずっていたので、この無言呪文だけがうまく使えるわけはないと思った。「闇やみ魔ま術じゅつ(DADA)」の授業のたびに、スネイプはハリーの無言呪文がなっていないと、容赦ようしゃなく指摘してきしていた。とは言え、これまでのところ、プリンスのほうがスネイプよりずっと効果的な先生だったのは明らかだ。
特にどこを指す気もなく、ハリーは杖つえを取り上げてちょっと上に振り、頭の中で「レビコーパス!」と唱となえた。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
閃光せんこうが走り、部屋中が、声で一杯になった。ロンの叫さけび声で、全員が目を覚ましたのだ。ハリーはびっくり仰ぎょう天てんして「上じょう級きゅう魔ま法ほう薬やく」の本を放り投げた。ロンはまるで見えない釣つり鉤かぎで踝くるぶしを引っ掛けられたように、逆さまに宙ちゅう吊づりになっていた。
「ごめん!」ハリーが叫んだ。ディーンもシェーマスも大笑いし、ネビルはベッドから落ちて立ち上がるところだった。「待ってて――下ろしてやるから――」
魔法薬の本をあたふた拾い上げ、ハリーは大慌おおあわてでページをめくって、さっきのページを探した。やっとそのページを見つけると、呪文の下に読みにくい文字が詰め込んであった。これが反はん対たい呪じゅ文もんでありますようにと祈いのりながら判読はんどくし、ハリーはその言葉に全ぜん神しん経けいを集中した。
「リベラコーパス! 身しん体たい自じ由ゆう!」
また閃光が走り、ロンは、ベッドの上に転落してぐしゃぐしゃになった。
「ごめん」
ハリーは弱々しく繰くり返した。ディーンとシェーマスは、まだ大笑いしていた。
「明日は――」ロンが布団ふとんに顔を押しつけたまま言った。
「目覚まし時計をかけといてくれたほうがありがたいけどな」