「何でもない」
ロンは慌あわててバーから目を逸そらしたが、ハリーにはわかっていた。曲きょく線せん美びの魅み力りょく的てきな女主人、マダム・ロスメルタに、ロンは長いこと密ひそかに思いを寄せていて、いまもその視線しせんをとらえようとしていたのだ。
「『何でもない』さんは、裏うらのほうで、ファイア・ウィスキーを補ほ充じゅうしていらっしゃると思いますわ」ハーマイオニーが嫌味いやみったらしく言った。
ロンはこの突っ込みを無視して、バタービールをチビチビやりながら、威厳いげんある沈ちん黙もく、と自分ではそう思い込んでいるらしい態度を取っていた。ハリーはシリウスのことを考えていた――いずれにせよシリウスは、あの銀のゴブレットをとても憎んでいた。ハーマイオニーは、ロンとバーとに交互こうごに目を走らせながら、いらいらと机つくえを指で叩たたいていた。
ハリーが瓶びんの最後の一滴いってきを飲み干したとたん、ハーマイオニーが言った。
「今日はもうこれでおしまいにして、学校に帰らない?」
二人は頷うなずいた。楽しい遠足とは言えなかったし、天気もここにいる間にどんどん悪くなっていた。マントをきっちり体に巻きつけ直し、マフラーを調ととのえて手袋をはめた三人は、友達と一いっ緒しょにパブを出ていくケイティ・ベルのあとに続いて、ハイストリート通りを戻もどりはじめた。凍こおった霙みぞれの道をホグワーツに向かって一歩一歩踏ふみしめながら、ハリーはふとジニーのことを考えた。ジニーには出会わなかった。当然だ、とハリーは思った。ディーンと二人でマダム・パディフットの喫きっ茶さ店てんにとっぷり閉じこもっているんだ。あの幸せなカップルの溜たまり場ばに。ハリーは顔をしかめ、前屈まえかがみになって渦巻うずまく霙に突っ込むように歩き続けた。