「行こう」
フィルチが不ぶ恰かっ好こうにドタドタ歩く足音が耳に入ったので、ハリーが言った。
二人は階段を上り、八階の廊下ろうかを急いだ。
「おい、どけよ!」
ロンが小さな女の子を怒ど鳴なりつけると、女の子はびっくり仰ぎょう天てんして飛び上がり、ヒキガエルの卵の瓶びんを落とした。
ハリーはガラスの割れる音もほとんど気づかなかった。右も左もわからなくなり、眩暈めまいがした。雷かみなりに撃うたれるというのは、きっとこんな感じなのだろう。ロンの妹だからなんだ、とハリーは自分に言い聞かせた。ディーンにキスしているところを見たくなかったのは、単に、ジニーがロンの妹だからなんだ……。
しかし、頼みもしないのに、ある幻想げんそうがハリーの心に忍び込んだ。あの同じ人気ひとけのない廊下で、自分がジニーにキスしている……胸の怪物が満足げに喉のどを鳴らした……そのとき、ロンがタペストリーのカーテンを荒々しく開け、杖つえを取り出してハリーに向かって叫さけぶ。「信頼しんらいを裏うら切ぎった」……「友達だと思ったのに」……。
「ハーマイオニーはクラムにキスしたと思うか?」
「太ふとった婦人レディ」に近づいたとき、唐突とうとつにロンが問いかけた。ハリーは後ろめたい気持でどきりとし、ロンが踏ふみ込む前の廊下の幻想を追い払った。ジニーと二人きりの廊下の幻想を――。
「えっ?」ハリーはぼーっとしたまま言った。
「ああ……んー……」
正直に答えれば「そう思う」だった。しかし、そうは言いたくなかった。しかし、ロンは、ハリーの表情から、最悪の事態じたいを察したようだった。
「ディリグロウト」
ロンは暗い声で「太った婦人」に言った。そして二人は、肖しょう像ぞう画がの穴を通り、談だん話わ室しつに入った。
二人とも、ジニーのこともハーマイオニーのことも、二度と口にしなかった。事実その夜は、二人とも互いにほとんど口をきかず、それぞれの思いに耽ふけりながら、黙だまってベッドに入った。
ハリーは、長い間目が冴さえて四本柱のベッドの天蓋てんがいを見つめながら、ジニーへの感情はまったく兄のようなものだと、自分を納得なっとくさせようとした。この夏中、兄と妹のように暮らしたではないか? クィディッチをしたり、ロンをからかったり、ビルとヌラーのことで笑ったり。ハリーは何年も前からジニーのことを知っていた……保ほ護ご者しゃのような気持になるのは、自然なことだ……ジニーのために目を光らせたくなるのは当然だ……ジニーにキスしたことで、ディーンの手足をバラバラに引ひき裂さいてやりたいのも……いや、だめだ……兄としてのそういう特別の感情を、抑制よくせいしなければ……。
ロンがグーッと大きくいびきをかいた。
ジニーはロンの妹だ。ハリーはしっかり自分に言い聞かせた。ロンの妹なんだ。近づいてはいけない人だ。どんなことがあっても、自分はロンとの友情を危険にさらしはしないだろう。ハリーは枕まくらを叩たたいてもっと心地よい形に整え、自分の想おもいがジニーの近くに迷い込まないように必死に努力しながら、眠気が襲おそうのを待った。