「この記憶を採さい集しゅうできたのは、まさに幸運じゃった」
そう言いながら、ダンブルドアは煌きらめく物質を「憂うれいの篩ふるい」に注ぎ込んだ。
「この記憶を体験すれば、そのことがわかるはずじゃ。参ろうかの?」
ハリーは石の水すい盆ぼんの前に進み出て、従じゅう順じゅんに身を屈かがめ、記憶の表面に顔を埋うずめた。いつものように、無の中を落ちていくような感覚を覚え、それからほとんどまっ暗くら闇やみの中で、汚い石の床に着地した。
しばらくして、自分がどこにいるのかやっとわかったときには、ダンブルドアもすでにハリーの脇わきに着地していた。ゴーントの家は、いまや形容しがたいほどに汚れ、いままでに見たどんな家より汚らしかった。天井には蜘く蛛もの巣すがはびこり、床はべっとりと汚れ、テーブルには、カビだらけの腐くさった食べ物が、汚れのこびりついた深鍋ふかなべの山の間に転がっている。灯あかりといえば溶とけた蝋燭ろうそくがただ一本、男の足元に置かれていた。男は髪かみも鬚ひげも伸び放題ほうだいで、ハリーには男の目も口も見えなかった。暖炉だんろのそばの肘ひじ掛かけ椅い子すでぐったりしているその男は、死んでいるのではないかと、ハリーは一いっ瞬しゅんそう思った。しかし、そのとき、ドアを叩たたく大きな音がして、男はびくりと目を覚まし、右手に杖つえを掲かかげ、左手には小こ刀がたなを握った。
ドアがギーッと開いた。戸口に古くさいランプを手に立っている青年が誰だれか、ハリーは一目でわかった。背が高く、蒼あお白じろい顔に黒い髪の、ハンサムな青年――十代のヴォルデモートだ。
ヴォルデモートの眼めがゆっくりとあばら家やを見回し、肘掛椅子の男を見つけた。ほんの一、二秒、二人は見つめ合った。それから、男がよろめきながら立ち上がった。その足元から空っぽの瓶びんが何本も、カラカラと音を立てて床を転がった。
「貴様きさま!」男が喚わめいた。
「貴様!」
男は杖と小刀を大だい上じょう段だんに振りかぶり、酔よった足をもつれさせながらリドルに突進とっしんした。
「やめろ」
リドルは蛇語へびごで話した。男は横滑よこすべりしてテーブルにぶつかり、カビだらけの深鍋ふかなべがいくつか床に落ちた。男はリドルを見つめた。互いに探り合いながら、長い沈ちん黙もくが流れた。やがて男が沈黙を破った。
「話せるのか?」
「ああ、話せる」リドルが言った。
リドルは部屋に入り、背後でドアがバタンと閉まった。ヴォルデモートが微塵みじんも恐きょう怖ふを見せないことに、ハリーは、敵てきながらあっぱれと内心舌を巻いた。ヴォルデモートの顔に浮かんでいたのは、嫌悪けんおと、そしておそらく失望だけだった。