「さあ、これでおしまいじゃ」ハリーの横でダンブルドアが穏おだやかに言った。
「帰る時間じゃ」
そしてハリーの足は床を離れ、数秒後にダンブルドアの机の前の敷物しきものに着地した。
「あれだけしかないんですか?」ハリーはきょとんとして聞いた。
ダンブルドアは、これこそいちばん重要な記憶だと言った。しかし、何がそんなに意い味み深しん長ちょうなのかわからなかった。たしかに、霧きりのことや、誰だれもそれに気づいていないようだったのは奇き妙みょうだ。しかしそれ以外は何ら特別な出来事はないように見えた。リドルが質問したが、それに答えてもらえなかったというだけだ。
「気がついたかもしれぬが――」
ダンブルドアは机に戻もどって腰こしを下ろした。
「あの記憶には手が加えられておる」
「手が加えられた?」ハリーも腰掛こしかけながら、聞き返した。
「そのとおりじゃ」ダンブルドアが言った。
「スラグホーン先生は、自分自身の記憶に干かん渉しょうした」
「でも、どうしてそんなことを?」
「自分の記憶を恥はじたからじゃろう」ダンブルドアが言った。
「自分をよりよく見せようとして、わしに見られたくない部分を消し去り、記憶を修しゅう正せいしようとしたのじゃ。それが、きみも気づいたように、非常に粗雑そざつなやり方でなされておる。そのほうがよい。なぜなら、本当の記憶が、改竄かいざんされたものの下にまだ存在していることを示しているからじゃ」
「そこで、ハリー、わしははじめてきみに宿題を出す。スラグホーン先生を説得せっとくして、本当の記憶を明かさせるのがきみの役目じゃ。その記憶こそ、我々にとって、もっとも重要な記憶であることは疑いもない」
ハリーは目を見張ってダンブルドアを見た。
「でも、先生」
できるかぎり尊敬そんけいを込めた声で、ハリーは言った。
「僕なんか必要ないと思います――先生が『開かい心しん術じゅつ』をお使いになれるでしょうし……『真しん実じつ薬やく』だって……」
「スラグホーン先生は、非常に優ゆう秀しゅうな魔法使いであり、そのどちらも予想しておられるじゃろう。哀あわれなモーフィン・ゴーントなどより、ずっと『閉へい心しん術じゅつ』に長たけておられる。わしがこの記憶まがいのものを無理やり提供させて以来、スラグホーン先生が常に『真実薬』の解げ毒どく剤ざいを持ち歩いておられたとしても無理からぬこと」
「いや、スラグホーン先生から力づくで真実を引き出そうとするのは、愚おろかしいことであり、百ひゃく害がいあって一利いちりなしじゃ。スラグホーン先生にはホグワーツを去ってほしくないでのう。しかし、スラグホーン先生といえども、我々と同様に弱みがある。先生の鎧よろいを突き破ることのできる者はきみじゃと、わしは信じておる。ハリー、真実の記憶を我々が手に入れることが、実に重要なのじゃ……どのくらい大切かは、その記憶を見たときにのみわかろうというものじゃ。がんばることじゃな……では、おやすみ」
突然帰れと言われて、ハリーはちょっと驚いたが、すぐに立ち上がった。
「先生、おやすみなさい」
校長室の戸を閉めながら、ハリーは、フィニアス・ナイジェラスだとわかる声を、はっきり聞いた。
「ダンブルドア、あの子が、君よりうまくやれるという理由がわからんね」
「フィニアス、わしも、きみにわかるとは思わぬ」
ダンブルドアが答え、フォークスがまた、低く歌うように鳴いた。