ロンは猛烈もうれつな勢いで、暖房だんぼうの効ききすぎた、ごてごてしたスラグホーンの部屋に飛び込んだが、房飾ふさかざりつきの足置き台につまずいて転びかけ、ハリーの首根くびねっこにつかまってやっと立ち直った。
「あの女ひとは見てなかっただろうな?」とロンが呟つぶやいた。
「あの女ひとは、まだ来ていないよ」
スラグホーンが魔法薬キットを開けて、小さなクリスタルの瓶びんに、あれこれ少しずつ摘つまんでは加えるのを見ながら、ハリーが言った。
「よかった」ロンが熱っぽく言った。「僕、どう見える?」
「とても男おとこ前まえだ」
スラグホーンが、透とう明めいな液体の入ったグラスをロンに渡しながら、よどみなく言った。
「さあ、これを全部飲みなさい。神経しんけい強きょう壮そう剤ざいだ。彼女が来たとき、それ、君が落ち着いていられるようにね」
「すごい」ロンは張り切って、解げ毒どく剤ざいをズルズルと派手な音を立てながら飲み干した。
ハリーもスラグホーンもロンを見つめた。しばらくの間、ロンは二人ににっこり笑いかけていたが、やがてにっこりはゆっくりと引っ込み、消え去って、極きょく端たんな恐きょう怖ふの表情と入れ替かわった。
「どうやら、元に戻もどった?」ハリーはニヤッと笑った。スラグホーンはクスクス笑っていた。
「先生、ありがとうございました」
「いやなに、かまわん、かまわん」
打ちのめされたような顔で、そばの肘ひじ掛かけ椅い子すに倒れ込むロンを見ながら、スラグホーンが言った。
「気つけ薬が必要らしいな」
スラグホーンが、こんどは飲み物でびっしりのテーブルに急ぎながら言った。
「バタービールがあるし、ワインもある。オーク樽だる熟じゅく成せいの蜂はち蜜みつ酒しゅは最後の一本だ……うーむ……ダンブルドアにクリスマスに贈おくるつもりだったが……まあ、それは……」
スラグホーンは肩をすくめた。
「……もらっていなければ、別に残念とは思わないだろう! いま開けて、ミスター・ウィーズリーの誕たん生じょう祝いといくかね? 失恋の痛手いたでを追い払うには、上等の酒に勝まさるものなし……」
スラグホーンはまたうれしそうに笑い、ハリーも一いっ緒しょに笑った。真実しんじつの記憶を引き出そうとして大失敗したあのとき以来、スラグホーンとほとんど二人だけになったのは、はじめてだった。スラグホーンの上じょう機き嫌げんを続けさせることができれば、もしかして……オーク樽熟成の蜂蜜酒をたっぷり飲み交わしたあとで、もしかしたら……。
「そーら」
スラグホーンがハリーとロンにそれぞれグラスを渡し、それから自分のグラスを挙げて言った。
「さあ、誕生日おめでとう、ラルフ――」
「――ロンです――」ハリーが囁ささやいた。
しかしロンは、乾杯かんぱいの音頭おんどが耳に入らなかったらしく、とっくに蜂蜜酒を口に放り込み、ゴクリと飲んでしまった。
ほんの一いっ瞬しゅんだった。心臓が一ひと鼓こ動どうする間もなかった。ハリーは何かとんでもないことが起きたのに気づいた。スラグホーンは、どうやら気づいていない。
「――いついつまでも健すこやかで――」
「ロン!」
ロンは、グラスをポトリと落とした。椅い子すから立ち上がりかけたとたん、ぐしゃりと崩くずれ、手足が激はげしく痙攣けいれんしはじめた。口から泡あわを吹き、両目が飛び出している。
「先生!」ハリーが大声を上げた。「何とかしてください!」
しかし、スラグホーンは、衝しょう撃げきで唖然あぜんとするばかりだった。ロンはぴくぴく痙攣し、息を詰まらせた。皮ひ膚ふが紫色になってきた。
「いったい――しかし――」スラグホーンはしどろもどろだった。
ハリーは低いテーブルを飛び越えて、開けっぱなしになっていたスラグホーンの魔法薬キットに飛びつき、瓶びんや袋を引っぱり出した。その間も、ゼイゼイというロンの恐ろしい断だん末まつ魔まの息いき遣づかいが聞こえていた。やっと見つけた――魔法薬の授じゅ業ぎょうでスラグホーンがハリーから受け取った、萎しなびた肝臓かんぞうのような石だ。
ハリーはロンのそばに飛んで戻もどり、顎あごをこじ開け、ベゾアール石を口に押し込んだ。ロンは大きく身震みぶるいしてゼーッと息を吐はき、ぐったりと静かになった。