「ホキー、早くおし!」ヘプジバが傲然ごうぜんと言った。
「あの人は四時に来るって言ったわ。あと一、二分しかないじゃないの。あの人は一度も遅れたことがないんだから!」
婦人は化け粧しょうパフをしまい込み、しもべ妖精が立ち上がった。しもべ妖精の背丈せたけはヘプジバの椅い子すの座面ざめんにも届かず、身にまとった張りのあるリネンのキッチン・タオルがトーガ風に垂たれ下がっているのと同様、カサカサの紙のような皮ひ膚ふが垂れ下がっていた。
「あたくしの顔、どうかしら?」
ヘプジバが首を回して、鏡に映うつる顔をあちこちの角度から眺ながめながら聞いた。
「おきれいですわ。マダム」ホキーがキーキー声で言った。
この質問が出たときには、あからさまな嘘うそをつかねばならないと、ホキーの契けい約やく書しょに書いてあるのだろうと、ハリーは想像せざるをえなかった。なにしろ、ヘプジバ・スミスは、ハリーの見るところ、おきれいからはほど遠かった。
玄げん関かんのベルがチリンチリンとなり、女主人も、しもべ妖精も飛び上がった。
「早く、早く。あの方がいらしたわ、ホキー!」
ヘプジバが叫さけび、しもべ妖よう精せいが慌あわてて部屋から出ていった。いろいろな物が所ところ狭せましと置かれた部屋は、誰だれでも最低十回ぐらいは何かにつまずかないと通れそうにもなかった。漆うるし細ざい工くの小箱が詰まったキャビネット、金文字の型押かたおし本がずらりと並んだ本箱、玉やら天てん体たい球きゅう儀ぎやらの載のった棚たな、真しん鍮ちゅうの容器に入った鉢植はちうえの花々などなど、まさに、魔法骨こっ董とう店てんと温室を掛かけ合わせたような部屋だった。
しもべ妖精は、ほどなくして背の高い若者を案内して戻もどってきた。ハリーには、それがヴォルデモートだと苦もなくわかった。飾かざり気のない黒いスーツ姿で、学校時代より髪かみが少し長く、頬ほおがこけていたが、そうしたものがすべて似合っている。いままでよりずっとハンサムに見えた。ヴォルデモートは、これまで何度も訪れたことがある雰ふん囲い気きで、ごたごたした部屋を通り抜け、ヘプジバのぶくっとした小さな手を取り、深々とお辞じ儀ぎをしてその手に軽く口づけした。
「お花をどうぞ」
ヴォルデモートはそっと言いながら、どこからともなく薔ば薇らの花束はなたばを取り出した。
「いけない子ね、そんなことしちゃだめよ!」
ヘプジバ老ろう婦ふ人じんが甲高かんだかい声を出した。しかし、ハリーは、いちばん近いテーブルに、空からの花か瓶びんがちゃんと用意されているのに気づいた。
「トムったら、年寄りを甘やかすんだから……さ、座って、座ってちょうだい……ホキーはどこかしら……えーと……」
しもべ妖精が、小さなケーキを載のせた盆を持って部屋に駆かけ戻もどり、女主人のそばにそれを置いた。
「どうぞ、トム、召し上がって」ヘプジバが言った。
「あたくしのケーキがお好きなのはわかってますわよ。ねえ、お元気? 顔色がよくないわ。お店でこき使われているのね。あたくし、もう百回ぐらいそう言ってるのに……」
ヴォルデモートが機械的に微笑ほほえみ、ヘプジバは間の抜けた顔でニッと微笑んだ。