マルフォイの顔や胸から、まるで見えない刀で切られたように血が噴ふき出した。マルフォイはよろよろと後あと退ずさりして水みず浸びたしの床にバシャッと倒れ、右手がだらりと垂れて杖が落ちた。
「そんな――」ハリーは息を呑のんだ。
滑ったりよろめいたりしながら、ハリーはやっと立ち上がってマルフォイの側に急いだ。マルフォイの顔はもう血でまっ赤に光り、蒼そう白はくな両手が血ち染ぞめの胸を掻かきむしっていた。
「そんな――僕はそんな――」
ハリーは自分が何を言っているのかわからなかった。自分自身の血の海で、激はげしく震ふるえているマルフォイの脇わきに、ハリーはがっくり両りょう膝ひざをついた。「嘆なげきのマートル」が、耳を劈つんざく叫さけび声を上げた。
「人殺し! トイレで人殺し! 人殺し!」
ハリーの背後のドアがバタンと開いた。目を上げたハリーはぞっとした。スネイプが憤怒ふんぬの形ぎょう相そうで飛び込んできていた。ハリーを荒々しく押しのけ、スネイプはひざまずいてマルフォイの上に屈かがみ込み、杖つえを取り出して、ハリーの呪のろいでできた深い傷を杖でなぞりながら、呪じゅ文もんを唱となえた。まるで歌うような呪文だった。出血が緩ゆるやかになったようだった。スネイプは、マルフォイの顔から残りの血を拭ぬぐい、呪文を繰くり返した。こんどは傷口が塞ふさがっていくようだった。
ハリーは自分のしたことに愕がく然ぜんとして、自分も血と水とでぐしょ濡ぬれなことにはほとんど気づかず、見つめ続けていた。頭上で「嘆きのマートル」が、すすり上げ、むせび泣き続けていた。スネイプは三度目の反対呪文を唱え終わると、マルフォイを半分抱え上げて立たせた。
「医い務む室しつに行く必要がある。多少傷きず痕あとを残すこともあるが、すぐにハナハッカを飲めばそれも避さけられるだろう……来い……」
スネイプはマルフォイを支えて、トイレのドアまで歩き、振り返って、冷たい怒りの声で言った。
「そして、ポッター……ここで我わが輩はいを待つのだ」
逆らおうなどとはこれっぽちも考えなかった。ハリーは震えながらゆっくり立ち上がり、濡れた床を見下ろした。床一面に、真紅しんくの花が咲さいたように、血けっ痕こんが浮ういていた。「嘆きのマートル」は、相変わらず泣き喚わめいたりすすり上げたりして、だんだんそれを楽しんでいるのが明らかだったが、黙だまれという気力さえなかった。