「全員ではありません」
ハリーが言った。
「でも、何があったのですか? 悲鳴を上げましたね……けがでもしたように聞こえましたけど……」
「あたくし――あの」
トレローニー先生は、身を護まもるかのようにショールを体に巻きつけ、拡大された巨大な目でハリーをじっと見下ろした。
「あたくし――あ――ちょっとした物を――あン――個人的な物をこの部屋に置いておこうと……」
それから先生は、「ひどい言いがかりですわ」のようなことを呟つぶやいた。
「そうですか」
ハリーは、シェリー酒の瓶びんをちらりと見下ろしながら言った。
「でも、中に入って隠かくすことができなかったのですね?」
変だ、とハリーは思った。「部屋」は、プリンスの本を隠したいと思ったとき、とうとうハリーのために開いてくれた。
「ええ、ちゃんと入りましたことよ」
トレローニー先生は壁かべを睨にらみつけながら言った。
「でも、そこには先客がいましたの」
「誰だれかが中に――? 誰が?」ハリーが詰問きつもんした。
「そこには誰がいたんです?」
「さっぱりわかりませんわ」
ハリーの緊迫きんぱくした声に少したじろぎながら、トレローニー先生が言った。
「『部屋』に入ったら、声が聞こえましたの。あたくし長年隠し――いえ、『部屋』を使ってきましたけれど――こんなことははじめて」
「声? 何を言っていたんです?」
「何かを言っていたのかどうか、わかりませんわ」
トレローニー先生が言った。
「ただ……歓声かんせいを上げていました」
「歓声を?」
「大喜びで」先生が頷うなずいた。
ハリーは先生をじっと見た。
「男でしたか? 女でしたか?」
「想像ざますけど、男でしょう」トレローニー先生が言った。
「それで、喜んでいたのですか?」
「大喜びでしたわ」
トレローニー先生は尊大そんだいに鼻を鳴らしながら言った。
「何か、お祝いしているみたいに?」
「間違いなくそうですわ」
「それから――?」
「それから、あたくし、呼びかけましたの。『そこにいるのは誰?』と」
「聞かなければ、誰がいるのかわからなかったんですか?」
ハリーは少しじりじりしながら聞いた。
「『内うちなる眼め』は――」
トレローニー先生は、ショールや何本ものキラキラするビーズ飾かざりを整えながら、威厳いげんを込めて言った。
「歓声かんせいなどの俗ぞくな世界より、ずっと超ちょう越えつした事柄ことがらを見つめておりましたの」
「そうですか」
ハリーは早口で言った。トレローニー先生の「内うちなる眼め」については、すでにいやというほど聞かされていた。
「それで、その声は、そこに誰だれがいるかを答えたのですか?」
「いいえ、答えませんでした。あたりがまっ暗になって、次に気がついたときには、頭から先に『部屋』から放り出されておりましたの」