「あとからおいで」
ダンブルドアがアーチ型の入口を通った。ハリーはそのすぐあとについて歩きながら、急いで自分の杖に灯あかりを点ともした。
目の前に、この世のものとも思えない光景が現れた。二人は巨大な黒い湖の辺ほとりに立っていた。向こう岸が見えない、広い湖だった。洞穴ほらあなは天井も見えないほど高い。遠く湖のまん中と思おぼしきあたりに、緑色に霞かすんだ光が見える。光は、漣さざなみひとつない湖に反射はんしゃしていた。ビロードのような暗闇を破るものは、緑がかった光と二つの杖灯りだけだった。しかし、杖灯りは、ハリーが思ったほど遠くまでは届かい。この暗闇は、なぜか普通の闇よりも濃こかった。
「歩こうかのう」
ダンブルドアが静かに言った。
「水に足を入れぬように気をつけるのじゃ。わしのそばを離れるでないぞ」
ダンブルドアは、湖の縁ふちを歩きはじめた。ハリーは、ぴたりとそのあとについて歩いた。湖を囲んでいる狭せまい岩縁いわべりを踏ふむ二人の足音が、ピタピタと反はん響きょうした。二人は延々えんえんと歩いたが、光景には何の変化もなかった。二人の横にはごつごつした岩壁がんぺきがあり、反対側には鏡のように滑なめらかな湖が、果てしなく黒々と広がっていた。そのまん中に、神しん秘ぴ的てきな緑色の光がある。この場所、そしてこの静けさは、ハリーにとって重苦しく、言い知れぬ不安を掻かき立てた。
「先生?」
とうとうハリーが口をきいた。
「分ぶん霊れい箱ばこはここにあるのでしょうか?」
「ああ、いかにも」
ダンブルドアが答えた。
「あることは確かじゃ。問題は、どうすればそれにたどりつけるのか?」
「もしかしたら……『呼よび寄よせ呪じゅ文もん』を使ってみてはどうでしょう?」
愚おろかな提案だとは思った。しかし、できるだけ早くこの場所から出たいという思いが、自分でも認めたくないほどに強かった。
「たしかに、使ってみることはできる」
ダンブルドアが急に立ち止まったので、ハリーはぶつかりそうになった。
「きみがやってみてはどうかな?」
「僕が? あ……はい……」
こんなことになるとは思わなかったが、ハリーは咳払せきばらいをして、杖つえを掲かかげ、大声で叫さけんだ。
「アクシオ、ホークラックス! 分霊箱よ、来い!」
爆発音のような音とともに、何か大きくて青白いものが、五、六メートル先の暗い水の中から噴ふき出した。ハリーが見定める間もなく、それは恐ろしい水音を上げ、鏡のような湖面に大きな波紋はもんを残して再び水中に消えた。ハリーは驚いて飛び退すさり、岩壁がんぺきにぶつかった。動悸どうきが止まらないまま、ハリーはダンブルドアのほうを見た。