「どこかの時点で、我々がヴォルデモート卿きょうではないことに気づくであろうのう。そのことは覚悟かくごせねばなるまい。しかしこれまでは首尾しゅびよくいった。連中は我々が小舟を浮ふ上じょうさせるのを許した」
「でも、どうして許したんでしょう?」
岸辺きしべが見えないほど遠くまで進んだとたん、黒い水の中から何本もの触しょく手しゅが伸のびてくる光景を、ハリーは頭から振り払うことができなかった。
「よほど偉大いだいな魔法使いでなければ、小舟を見つけることはできぬと、ヴォルデモートには相当な自信があったのじゃろう」ダンブルドアが言った。
「あの者の考えでは、自分以外の者が舟を発見する可能性は、ほとんどありえなかった。しかも、あの者しか突破とっぱできない別の障しょう害がい物ぶつも、この先に仕し掛かけてあるじゃろうから、確率かくりつのきわめて低い危険性なら許容きょようしてもよかったのじゃろう。その考えが正しかったかどうか、いまにわかる」
ハリーは小舟を見下ろした。本当に小さな舟だった。
「二人用に作られているようには見えません。二人とも乗れるでしょうか? 一いっ緒しょだと重すぎはしませんか?」
ダンブルドアはクスクス笑った。
「ヴォルデモートは重さではなく、自分の湖を渡る魔法力の強さを気にしたことじゃろう。わしはむしろ、この小舟には、一度に一人の魔法使いしか乗れないように、呪じゅ文もんがかけられているのではないかと思う」
「そうすると――?」
「ハリー、きみは数に入らぬじゃろう。未成年で資格しかくがない。ヴォルデモートは、まさか十六歳の若者がここにやってくるとは、思いもつかなかったことじゃろう。わしの力と比べれば、きみの力が考慮こうりょされることはありえぬ」
ダンブルドアの言葉は、ハリーの士し気きを高めるものではなかった。ダンブルドアにもたぶんそれがわかったのか、言葉をつけ加えた。
「ヴォルデモートの過あやまちじゃ、ハリー、ヴォルデモートの過ちじゃよ……歳としをとった者は愚おろかで忘れっぽくなり、若者を侮あなどってしまうことがあるものじゃ……さて、こんどは先に行くがよい。水に触ふれぬよう注意するのじゃ」
ダンブルドアが一歩下がり、ハリーは慎しん重ちょうに舟に乗った。ダンブルドアも乗り込み、鎖くさりを舟の中に巻き取った。二人で乗ると窮きゅう屈くつだった。ハリーはゆったり座ることができず、膝ひざを小舟の縁へりから突き出すようにうずくまった。小舟はすぐに動き出した。舳先へさきが水を割る、衣擦きぬずれのような音以外は、何も聞こえない。小舟は、ひとりでにまん中の光のほうに、見えない綱つなで引かれるように進んだ。間もなく、洞どう窟くつの壁かべが見えなくなった。波はないものの、二人は海原うなばらに出たかのようだった。
下を見ると、ハリーの杖つえ灯あかりが水面みなもに反射はんしゃして、舟が通るときに黒い水が金色に煌きらめくのが見えた。小舟は鏡のような湖面に深い波紋はもんを刻きざみ、暗い鏡に溝みぞを掘った……。