「でも一つ飛び上がりました」
ハリーは、ダンブルドアと同じように平静へいせいな声で言おうと努力した。
「分ぶん霊れい箱ばこを呼び寄せようとしたとき、湖から死体が飛び上がりました」
「そうじゃ」ダンブルドアが言った。
「我々が分霊箱を手に入れたときには、死体は静かではなくなるじゃろう。しかし、冷たく暗いところに棲すむ生き物の多くがそうなのじゃが、死体は光と暖かさを恐れる。じゃから、必要となれば、我々はそうしたものを味方にするのじゃ。ハリー、火じゃよ」
ハリーが戸惑とまどった顔をしていたので、ダンブルドアは、最後の言葉を微笑ほほえみながら言った。
「あ……はい……」
慌あわてて返事し、ハリーは、小舟が否応いやおうなく近づいていく先に目を向けた。緑がかった輝かがやきが見える。怖こわくないふりは、もうできなかった。広大な黒い湖は死体で溢あふれている……トレローニー先生に出会ったのも、ロンとハーマイオニーにフェリックス・フェリシスを渡したのも、何時間も前だったような気がする……突然、二人に、もっときちんと別れを告げればよかったと思った……それに、ジニーには会いもしなかった……。
「もうすぐじゃ」ダンブルドアが楽しげに言った。
たしかに、緑がかった光は、いよいよ大きくなったように見えた。そして数分後、小舟は何かに軽くぶつかって止まった。はじめはよく見えなかったが、ハリーが杖つえ灯あかりを掲かかげて見ると、湖の中央にある、滑なめらかな岩でできた小島に着いていた。
「水に触ふれぬよう、気をつけるのじゃ」
ハリーが小舟から降りるとき、ダンブルドアが再び注意した。
小島はせいぜいダンブルドアの校長室ほどの大きさで、平らな黒い石の上に立っているのは、あの緑がかった光の源みなもとだけだった。近くで見るとずっと明るく見えた。ハリーは目を細めて光を見た。最初はランプのような物かと思ったが、よく見ると、光はむしろ「憂うれいの篩ふるい」のような石の水すい盆ぼんから発していた。水盆は台座だいざの上に置かれている。
ダンブルドアが台座に近づき、ハリーもあとに続いた。二人は並んで中を覗のぞき込んだ。水盆は、燐光りんこうを発するエメラルド色の液体で満たされていた。
「何でしょう?」ハリーが小声で聞いた。
「よくわからぬ」ダンブルドアが言った。
「ただし、血や死体よりも、もっと懸念けねんすべき物じゃ」
ダンブルドアはけがしたほうの手のローブの袖そでをたくし上げ、液体の表面に焼け焦こげた指先を伸ばした。