「でも、さっきは――待ってください――アグアメンティ! 水よ!」ハリーは再び唱となえた。
もう一度、澄すんだ水が、一いっ瞬しゅんゴブレットの中でキラキラ光った。しかし、ダンブルドアの唇に近づけると、再び水は消えてしまった。
「先生、僕、がんばってます。がんばってるんです!」
ハリーは絶望的な声を上げた。しかし聞こえているとは思えなかった。ダンブルドアは転がって横になり、ゼーゼーと苦しそうに末期まつごの息いきを吐はいていた。
「アグアメンティ――水よ――アグアメンティ!」
ゴブレットはまた満ちて、また空からになった。ダンブルドアはいまや虫の息だった。頭の中はパニック状じょう態たいで目まぐるしく動いていたが、ハリーには直感的に、水を得る最後の手段しゅだんがわかっていた。ヴォルデモートがそのように仕組んでいたはずだ……。
ハリーは、身を投げ出すようにして岩の端はしからゴブレットを湖に突っ込み、冷たい水を一杯に満たした。水は消えなかった。
「先生――さあ!」
叫さけびながらダンブルドアに飛びつき、ハリーは不器用にゴブレットを傾けて、ダンブルドアの顔に水をかけた。
やっとの思いで、ハリーができたのはそれだけだった。ゴブレットを持っていないほうの腕にひやりとするものを感じたのは、水の冷たさが残っていたわけではなかった。ぬめぬめした白い手がハリーの手首をつかみ、その手の先にある何者かが、岩の上のハリーをゆっくりと引きずり戻もどしていた。湖面はもはや滑なめらかな鏡のようではなく、激はげしく揺ゆれ動いていた。ハリーの目が届くかぎり、暗い水から白い頭や手が突き出ている。男、女、子供。落ち窪くぼんだ見えない目が岩場に向かって近づいてくる。黒い水から立ち上がった、死人しびとの軍団ぐんだんだ。
「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」
濡ぬれてすべすべした小島の岩にしがみつこうともがきながら、ハリーは腕をつかんでいる「亡者もうじゃ」に杖つえを向けて叫さけんだ。亡者の手が離れ、のけ反って、水しぶきを上げながら倒れた。ハリーは足をもつれさせながら立ち上がった。しかし、亡者はうじゃうじゃと、つるつるした岩に骨ばった手をかけて這はい上がってきた。虚うつろな濁にごった目をハリーに向け、水浸みずびたしのボロを引きずりながら、落ち窪くぼんだ顔に不気味な薄笑うすわらいを浮かべている。
「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」
後退あとずさりしながら杖を大きく振り下ろし、ハリーが再び叫んだ。七、八体の亡者がくずおれた。しかし、あとからあとから、ハリーめがけてやってくる。
「インペディメンタ! 妨害ぼうがいせよ! インカーセラス! 縛しばれ!」
何体かが倒れた。一、二体が縄なわで縛られた。しかし、次々と岩場に登ってくる亡者は、倒れた死体を無む造ぞう作さに踏ふみつけ、乗り越えてやってくる。杖で空くうを切りながら、ハリーは叫び続けた。
「セクタムセンプラ! 切り裂さけ! セクタムセンプラ!」