水浸みずびたしのボロと、氷のような肌はだがざっくりと切り裂かれはしたが、亡者は流すべき血を持たなかった。何も感じない様子で、萎しなびた手をハリーに向けて伸ばしながら歩き続けた。さらに後退りしたとき、ハリーは背後からいくつもの腕で締しめつけられるのを感じた。死のように冷たく、痩やせこけた薄うすっぺらな腕が、ハリーを吊つるし上げ、ゆっくりと、そして確実に水辺みずべに引きずり込んでいった。逃れる道はない、とハリーは覚悟した。自分は溺おぼれ、引き裂かれたヴォルデモートの魂たましいのひと欠かけらを護衛ごえいする、死人しびとの一人になるのか……。
そのとき、暗くら闇やみの中から火が燃え上がった。紅くれないと金色こんじきの炎の輪が岩場を取り囲み、ハリーをあれほどがっしりとつかんでいた亡者どもは、転まろび、怯ひるんだ。火をかいくぐって、湖に戻もどることさえできなかった。亡者はハリーを放した。地べたに落ちたハリーは岩で滑すべって転び、両腕をすりむいたが、何とか立ち上がり、杖を構かまえてあたりに目を凝こらした。
ダンブルドアが再び立ち上がっていた。顔色こそ包囲ほういしている亡者と同じく蒼あお白じろかったが、背の高いその姿はすっくと抜きん出ていた。瞳ひとみに炎を躍おどらせ、杖を松明たいまつのように掲かかげている。杖つえ先さきから噴ふん出しゅつする炎が、巨大な投げ縄のように周囲のすべてを熱く取り囲んでいた。
亡者は、炎の包囲から逃れようとぶつかり合い、やみくもに逃げ惑まどっていた……。
ダンブルドアは水すい盆ぼんの底からロケットをすくい上げ、ローブの中にしまい込み、無言のままハリーを自分のそばに招き寄せた。炎に撹乱かくらんされた亡者どもは、獲物えものが去っていくのに気づかない。ダンブルドアはハリーを小舟へと誘いざない、炎の輪も二人を取り巻いて水辺へと移動した。うろたえた亡者どもは水際みずぎわまでついてきて、そこから暗い水の中へと我先われさきに滑り落ちていった。
体中震ふるえながらも、ハリーは一いっ瞬しゅん、ダンブルドアが自力で小舟に乗れないのではないかと思った。乗り込もうとして、ダンブルドアはわずかによろめいた。持てる力のすべてを、二人を囲む炎の輪の護まもりを維い持じするために注ぎ込んでいるように見えた。ハリーはダンブルドアを支え、小舟に乗るのを助けた。二人が再びしっかり乗り込むと、小舟は小島を離はなれ、炎の輪に囲まれたまま黒い湖を戻もどりはじめた。下のほうにうようよしている亡者もうじゃどもは、どうやら二度と浮ふ上じょうできないらしい。
「先生」ハリーは喘あえぎながら言った。
「先生、僕、忘れていました――炎のことを――亡者に襲おそわれて、僕、パニックになってしまって――」
「当然のことじゃ」
ダンブルドアが呟つぶやくように言った。その声があまりに弱々しいのに、ハリーは驚いた。