ハリーは急いで立ち上がり、背後の乱闘らんとうの音を無視して廊下を疾走しっそうした。戻もどれと叫ぶ声にも耳をかさず、床に倒れたまま生死もわからない人々の無言の呼びかけにも応こたえず……。
曲がり角でスニーカーが血で滑すべり、ハリーは横滑りした。スネイプはとっくの昔にここを曲がった――すでに「必要の部屋」のキャビネット棚だなに入ってしまったということもありうるだろうか? それとも「騎き士し団だん」が棚を確保かくほする措そ置ちを取って、死喰い人の退路たいろを断っただろうか? 聞こえる音といえば、曲がり角から先の、人気ひとけのない廊下を走る自分の足音と、ドキドキという心臓の鼓動こどうだけだった。そのとき、血ち染ぞめの足跡あしあとを見つけた。少なくとも逃走とうそう中の死喰い人の一人は、正面玄げん関かんに向かったのだ――「必要の部屋」は本当に閉鎖へいさされたのかもしれない――。
次の角をまた横滑りしながら曲がったとき、呪いがハリーの傍かたわらをかすめて飛んできた。鎧よろいの陰かげに飛び込むと、鎧よろいが爆発した。兄きょう妹だいの死し喰くい人びとが、行く手の大だい理り石せきの階段を駆かけ下りていくのが見え、ハリーは二人を狙ねらって呪のろいをかけたが、踊り場に掛かかった絵に描かれている、鬘かずらをつけた魔女の何人かに当たっただけだった。肖しょう像ぞう画がの主たちは、悲鳴を上げて隣となりの絵に逃げ込んだ。壊こわれた鎧を乗り越えて飛び出したとき、ハリーはまたしても叫さけび声や悲鳴を聞いた。城の中のほかの人々が目を覚ましたらしい……。
兄妹に追いつきたい、スネイプとマルフォイを追い詰めたいと、ハリーは近道の一つへと急いだ。スネイプたちは間違いなくもう、校庭に出てしまったはずだ。隠かくれた階段のまん中あたりにある、消える一段を忘れずに飛び越し、ハリーは階段のいちばん下にあるタペストリーをくぐって外の廊下ろうかに飛び出した。そこには、戸惑とまどい顔のハッフルパフ生が大勢、パジャマ姿で立っていた。
「ハリー、音が聞こえたんだ。誰だれかが『闇やみの印しるし』のことを言ってた――」
アーニー・マクミランが話しかけてきた。
「どいてくれ!」
ハリーは叫びながら男の子を二人突き飛ばして、大理石の階段の踊り場に向かって疾走しっそうし、そこからまた階段を駆け下りた。樫かしの正面扉とびらは吹き飛ばされて開いていた。敷石しきいしには血痕けっこんが見える。怯おびえた生徒たちが数人、壁かべを背に身を寄せ合って立ち、その中の一人、二人は両腕で顔を覆おおって、屈かがみ込んだままだった。巨大なグリフィンドールの砂時計が呪いで打ち砕くだかれ、中のルビーがゴロゴロと大きな音を立てながら、敷石の上を転がっている……。
ハリーは、玄げん関かんホールを飛ぶように横切り、暗い校庭に出た。三つの影が芝生しばふを横切って校門に向かうのを、ハリーはやっとのことで見分けることができた。校門から出れば、「姿すがたくらまし」ができる――影から判断して、巨大なブロンドの死喰い人と、それより少し先に……スネイプとマルフォイだ……。
三人を追って矢のように走るハリーの肺を、冷たい夜や気きが切り裂さいた。遠くでパッと閃ひらめいた光が、ハリーの追う姿の輪りん郭かくを一いっ瞬しゅん浮うかび上がらせた。何の光か、ハリーにはわからなかったが、かまわず走り続けた。まだ呪いで狙ねらいを定める距離にまで近づいていない。