「セクタム――」
スネイプは軽く杖を振り、またしても呪のろいをかわした。しかし、いまやほんの二、三メートルの距離まで近づいていたハリーは、ついにスネイプの顔をはっきりと見た。赤々と燃え盛さかる炎が照らし出したその顔には、もはや冷笑も嘲ちょう笑しょうもなく、怒りだけが見えた。あらんかぎりの力で、ハリーは念力ねんりきを集中させた。
「レビ――」
「やめろ、ポッター!」スネイプが叫んだ。
バーンと大きな音がして、ハリーはのけ反って吹っ飛び、またしても地面に叩たたきつけられた。こんどは杖が手を離れて飛んでいった。スネイプが近づいてきて、ダンブルドアと同じように杖もなく丸腰まるごしで横たわっているハリーを見下ろした。ハグリッドの叫び声とファングの吠ほえ声が聞こえた。燃え上がる小屋の明かりに照らされた、蒼あお白じろいスネイプの顔は、ダンブルドアに呪のろいをかける直前と同じく、憎しみに満ち満ちていた。
「我わが輩はいの呪じゅ文もんを本人に対してかけるとは、ポッター、どういう神経しんけいだ? そういう呪文の数々を考え出したのは、この我輩だ――我輩こそ『半はん純じゅん血けつのプリンス』だ! 我輩の発明したものを、汚けがらわしいおまえの父親と同じに、この我輩に向けようというのか? そんなことはさせん……許さん!」
ハリーは自分の杖つえに飛びついたが、スネイプの発した呪いで、杖は数メートル吹っ飛んで、暗くら闇やみの中に見えなくなった。
「それなら殺せ!」
ハリーが喘あえぎながら言った。恐れはまったくなく、スネイプへの怒りと侮蔑ぶべつしか感じなかった。
「先生を殺したように、僕も殺せ、この臆おく病びょう――」
「我輩を――」
スネイプが叫さけんだ。その顔が突然、異常で非人間的な形ぎょう相そうになった。あたかも、背後で燃え盛さかる小屋に閉じ込められて、キャンキャン吠ほえている犬とおなじ苦しみを味わっているような顔だった。
「――臆病者と呼ぶな!」
スネイプが空くうを切った。ハリーは顔面を白熱はくねつした鞭むちのようなもので打たれたように感じ、仰あお向むけに地面に叩たたきつけられた。目の前にチカチカ星が飛び、一いっ瞬しゅん、体中から息が抜けていくような気がした。そのとき、上のほうで羽撃はばたきの音おとがした。何か巨大なものが星空を覆おおった。バックビークがスネイプに襲おそいかかっていた。剃刀かみそりのように鋭するどい爪つめに飛びかかられ、スネイプはのけ反ってよろめいた。いましがた地面に叩きつけられたときの衝しょう撃げきでくらくらしながら、ハリーが上半身を起こしたとき、スネイプが必死で走っていくのを見た。バックビークが、巨大な翼つばさを羽撃かせて甲高かんだかい鳴き声を上げながら、そのあとを追っていた。ハリーがこれまでに聞いたことがないようなバックビークの鳴き声だった――。
ハリーはやっとのことで立ち上がり、ふらふらしながら杖を探した。追跡ついせきを続けたいとは思ったが、指で芝生しばふを探り小枝を投げ捨てながら、ハリーにはもう遅すぎるとわかっていた。思ったとおり、杖を見つけ出して振り返ったときには、ヒッポグリフが校門の上で輪を描いて飛んでいる姿が見えるだけだった。スネイプはすでに境きょう界かい線せんのすぐ外で、「姿くらまし」をしてしまったあとだった。