「わかったでしょう!」
張り詰めた声がした。トンクスがルーピンを睨にらんでいた。
「フラーはそれでもビルと結婚したいのよ。噛かまれたというのに! そんなことはどうでもいいのよ!」
「次元じげんが違う」
ルーピンはほとんど唇くちびるを動かさず、突然表情が強張こわばっていた。
「ビルは完全な狼おおかみ人にん間げんにはならない。事じ情じょうがまったく――」
「でも、わたしも気にしないわ。気にしないわ!」
トンクスは、ルーピンのローブの胸元をつかんで揺ゆすぶった。
「百万回も、あなたにそう言ったのに……」
トンクスの守しゅ護ご霊れいやくすんだ茶色の髪かみの意味、誰だれかがグレイバックに襲おそわれたという噂うわさを聞きつけてダンブルドアに会いに駆かけつけた理由、ハリーには突然、そのすべてがはっきりわかった。トンクスが愛したのは、シリウスではなかったのだ……。
「私も、君に百万回も言った」
ルーピンはトンクスの目を避さけて、床を見つめながら言った。
「私は君にとって、歳としを取りすぎているし、貧乏すぎる……危険すぎる……」
「リーマス、あなたのそういう考え方はばかげているって、私は最初からそう言ってますよ」
ウィーズリー夫人が、抱き合ったフラーの背中を軽く叩たたきながら、フラーの肩越しに言った。
「ばかげてはいない」ルーピンがしっかりした口調で言った。
「トンクスには、誰か若くて健全けんぜんな人がふさわしい」
「でも、トンクスは君がいいんだ」ウィーズリー氏が、小さく微笑ほほえみながら言った。
「それに、結局のところ、リーマス、若くて健全な男が、ずっとそのままだとはかぎらんよ」
ウィーズリー氏は、二人の間に横たわっている息子のほうを悲しそうに見た。
「いまは……そんなことを話す時じゃない」
ルーピンは、落ち着かない様子で周まわりを見回し、みんなの目を避けながら言った。
「ダンブルドアが死んだんだ……」
「世の中に、少し愛が増えたと知ったら、ダンブルドアは誰よりもお喜びになったでしょう」
マクゴナガル先生が素そっ気けなく言った。
そのとき扉とびらが再び開いて、ハグリッドが入ってきた。
髯ひげや髪に埋もれてわずかしか見えない顔が、泣き腫はらしてぐしょ濡ぬれだった。巨大な水玉模も様ようのハンカチを握りしめ、ハグリッドは全身を震ふるわせて泣いていた。
「す……すませました、先生」ハグリッドは声を詰まらせた。
「俺おれが、は――運びました。スプラウト先生は子供たちをベッドに戻もどしました。フリットウィック先生は横になっちょりますが、すーぐよくなるっちゅうとります。スラグホーン先生は、魔法省に連れん絡らくしたと言っちょります」
「ありがとう、ハグリッド」
マクゴナガル先生はすぐさま立ち上がり、ビルの周まわりにいる全員を見た。
「私わたくしは魔法省の到着をお迎むかえしなければなりません。ハグリッド、寮りょう監かんの先生方に――スリザリンはスラグホーンが代表すればよいでしょう――直ただちに私わたくしの事務室に集まるようにと知らせてください。あなたも来てください」
ハグリッドが頷うなずいて向きを変え、重い足取りで部屋を出ていった。そのときマクゴナガル先生がハリーを見下ろして言った。
「寮監たちに会う前に、ハリー、あなたとちょっとお話があります。一いっ緒しょに来てください……」
ハリーは立ち上がって、ロン、ハーマイオニー、ジニーに「あとでね」と呟つぶやくように声をかけ、マクゴナガル先生に従って病びょう棟とうを出た。外の廊下ろうかは人気ひとけもなく、聞こえる音と言えば、遠くの不死鳥の歌声だけだった。しばらくしてハリーは、マクゴナガル先生の事務室ではなく、ダンブルドアの校長室に向かっていることに気がついた。一いっ瞬しゅん、間を置いて、ハリーはやっと気づいた。そうだ、マクゴナガル先生は副校長だった……当然いまは、校長になったのだ……ガーゴイルの護まもる部屋は、いまやマクゴナガル先生の部屋だった……。