「ロックハートに来たファンレターに返事を書くなんて……最低だよ……」
土曜日の午後はまるで溶とけて消え去ったように過ぎ、あっという間に、八時はあと五分後に迫せまっていた。ハリーは重い足を引きずり、三階の廊ろう下かを歩いてロックハートの部屋に着いた。ハリーは歯を食いしばり、ドアをノックした。
ドアはすぐにパッと開かれ、ロックハートがにっこりとハリーを見下ろした。
「おや、いたずら坊主ぼうずのお出ましだ 入りなさい。ハリー、さあ中へ」
壁かべには額がく入りのロックハートの写真が数え切れないほど飾かざってあり、たくさんの蝋ろう燭そくに照てらされて明るく輝かがやいていた。サイン入りのものもいくつかあった。机の上には、写真がもうひと山、積み上げられていた。
「封ふう筒とうに宛あて名なを書かせてあげましょう」
まるで、こんなすばらしいもてなしはないだろう、と言わんばかりだ。
「この最初のは、グラディス・ガージョン。幸いなるかな――私わたしの大ファンでね」
時間はのろのろと過ぎた。ハリーは時々「うー」とか「えー」とか「はー」とか言いながら、ロックハートの声を聞き流していた。時々耳に入ってきた台詞せりふは、「ハリー、評ひょう判ばんなんて気まぐれなものだよ」とか「有名人らしい行こう為いをするから有名人なのだよ。覚えておきなさい」などだった。
蝋燭が燃えて、炎がだんだん低くなり、ハリーを見つめているロックハートの写真の顔の上で光が踊おどった。もう千枚目の封筒じゃないだろうかと思いながら、ハリーは痛む手を動かし、ベロニカ・スメスリーの住所を書いていた。――もうそろそろ帰ってもいい時間のはずだ――どうぞ、そろそろ時間になりますよう。……ハリーは惨みじめな気持でそんなことを考えていた。
その時、何かが聞こえた。――消えかかった蝋ろう燭そくが吐はき出す音ではなく、ロックハートがファン自じ慢まんをペチャクチャしゃべる声でもない。