「ハリー、早くここを立ち去るがよい」即そく座ざにニックが言った。
「フィルチは機き嫌げんが悪い。風か邪ぜを引いた上、三年生の誰かが起こした爆ばく発はつ事じ故こで、第五地ち下か牢ろうの天てん井じょう一いっ杯ぱいにカエルの脳のうみそがくっついてしまったものだから、フィルチは午前中ずっと、それを拭ふき取っていた。もし君が、そこら中に泥どろをボトボト垂たらしているのをみつけたら……」
「わかった」ハリーはミセス・ノリスの非ひ難なんがましい目つきから逃のがれるように身を引いたが、遅おそかった。飼かい主ぬしと性しょう悪わる猫ねことの間に不ふ思し議ぎな絆きずながあるかのように、アーガス・フィルチがその場に引き寄せられ、ハリーの右側の壁かべに掛かかったタピストリーの裏うらから突とつ然ぜん飛び出した。規き則そく破りはいないかと鼻息も荒く、そこら中をギョロギョロ見回している。頭を分ぶ厚あついタータンの襟えり巻まきでぐるぐる巻きにし、鼻は異い常じょうにどす赤かった。
「汚きたない」
フィルチが叫さけんだ。ハリーのクィディッチのユニフォームから、泥どろ水みずが滴したたり落ちて水みず溜たまりになっているのを指ゆび差さし、頬ほおをピクピク痙けい攣れんさせ、両目が驚おどろくほど飛び出していた。
「あっちもこっちもめちゃくちゃだ ええい、もうたくさんだ ポッター、ついてこい」
ハリーは暗い顔で「ほとんど首くび無なしニック」にさよならと手を振ふり、フィルチのあとについてまた階段を下りた。泥だらけの足あし跡あとが往おう復ふくで二倍になった。
ハリーはフィルチの事じ務む室しつに入ったことがなかった。そこは生徒たちがなるべく近寄らない場所でもあった。薄うす汚ぎたない窓のない部屋で、低い天てん井じょうからぶら下がった石油ランプが一つ、部屋を照てらしていた。魚のフライの臭においが、微かすかにあたりに漂ただよっている。周まわりの壁に沿そって木もく製せいのファイル・キャビネットが並び、ラベルを見ると、フィルチが処しょ罰ばつした生徒一人ひとりの細こまかい記き録ろくが入っているらしい。フレッドとジョージはまるまる一つの引き出しを占せん領りょうしていた。