「なんだろう――下にぶら下がっているのは」ロンの声は微かすかに震ふるえていた。
じりじりと近寄りながら、ハリーは危あやうく滑すべりそうになった。床に大きな水みず溜たまりができていたのだ。ロンとハーマイオニーがハリーを受け止めた。文字に少しずつ近づきながら、三人は文字の下の、暗い影かげに目を凝らした。一いっ瞬しゅんにして、それが何なのか三人ともわかった。とたんに三人はのけ反ぞるように飛びのき、水溜りの水を撥はね上げた。
管かん理り人にんの飼かい猫ねこ、ミセス・ノリスだ。松明の腕うで木ぎに尻しっ尾ぽを絡からませてぶら下がっている。板のように硬こう直ちょくし、目はカッと見開いたままだった。
しばらくの間、三人は動かなかった。やおら、ロンが言った。
「ここを離はなれよう」
「助けてあげるべきじゃないかな……」ハリーが戸と惑まどいながら言った。
「僕の言うとおりにして」ロンが言った。「ここにいるところを見られないほうがいい」
すでに遅おそかった。遠い雷らい鳴めいのようなざわめきが聞こえた。パーティが終わったらしい。三人が立っている廊下の両側から、階段を上ってくる何百という足音、満まん腹ぷくで楽しげなさざめきが聞こえてきた。次の瞬しゅん間かん、生徒たちが廊下にわっと現れた。
前のほうにいた生徒がぶら下がった猫を見つけたとたん、おしゃべりも、さざめきも、ガヤガヤも突とつ然ぜん消えた。沈ちん黙もくが生徒たちの群むれに広がり、おぞましい光こう景けいを前のほうで見ようと押し合った。その傍かたわらで、ハリー、ロン、ハーマイオニーは廊下の真ん中にぽつんと取り残されていた。
その時、静けさを破って誰かが叫さけんだ。
「継けい承しょう者しゃの敵てきよ、気をつけよ 次はおまえたちの番だぞ、『穢けがれた血ち』め」
ドラコ・マルフォイだった。人ひと垣がきを押しのけて最前列に進み出たマルフォイは、冷たい目に生せい気きをみなぎらせ、いつもは血の気のない頬ほおに赤みがさし、ぶら下がったままぴくりともしない猫ねこを見てニヤッと笑った。-