ロンは身み震ぶるいして言葉を途と切ぎらせた。ハーマイオニーはまだ笑いをこらえているのが見え見えだ。ハリーは話題を変えたほうがよさそうだと見て取った。
「ねえ、床の水みず溜たまりのこと、覚えてる あれ、どっから来た水だろう。誰かが拭ふき取っちゃったけど」
「このあたりだった」
ロンは気を取り直して、フィルチの置いた椅い子すから数歩離はなれたところまで歩いていき、床を指ゆび差さしながら言った。
「このドアのところだった」
ロンは、真しん鍮ちゅうの取っ手に手を伸のばしたが、火傷やけどをしたかのように急に手を引ひっ込こめた。
「どうしたの」ハリーが聞いた。
「ここは入れない」ロンが困ったように言った。「女子トイレだ」
「あら、ロン。中には誰もいないわよ」ハーマイオニーが立ち上がってやってきた。
「そこ、『嘆なげきのマートル』の場所だもの。いらっしゃい。覗のぞいてみてみましょう」
「故こ障しょう中ちゅう」と大きく書かれた掲けい示じを無む視しして、ハーマイオニーがドアを開けた。
ハリーはいままで、こんなに陰いん気きで憂ゆう鬱うつなトイレに足を踏ふみ入れたことがなかった。大きな鏡はひび割われだらけ、染しみだらけで、その前にあちこち縁ふちの欠けた石いし造づくりの手洗い台が、ずらっと並んでいる。床は湿っぽく、燭しょく台だいの中で燃え尽つきそうになっている数本の蝋ろう燭そくが、鈍にぶい灯あかりを床に映うつしていた。一つひとつ区切られたトイレの小部屋の木の扉とびらは、ペンキが剥はげ落ち、引っ掻かき傷きずだらけで、そのうちの一枚は蝶ちょう番つがいが外はずれてぶら下がっていた。
ハーマイオニーはシーッと指を唇くちびるに当て、一番奥の小部屋のほうに歩いていき、その前で「こんにちは、マートル。お元気」と声をかけた。