少年名探偵
そのあくる日、お昼すぎのことです。警視庁の調べ室には中村係長と、その上役の志野捜査課長と、明智小五郎とが、いっぽうの机をかこんで、イスにかけ、そのまえに、手じょうをはめられた怪老人が、やはりイスにかけて、うなだれていました。
朝からずっと、とりしらべているのですが、怪老人は何も答えないので、こんきくらべのような、かたちになって、お昼すぎまでも、にらみあいがつづいていたのです。
「きみは何かをまっていると言ったが、いったい、何をまつんだね。もういいかげんに、口をきいたらどうだ。」
捜査課長が、なんどもくりかえしたさいそくを、またくりかえしました。
「わしは明智さんに話がある。それをまっているのです。」
怪老人は目をつむったまま、ひくい声で答えました。
「明智さんは、ずっと、ここにおられるじゃないか。きみは、いったい……。」
「いや、まっているのは明智さんじゃない。もうひとりの人をまっているのです。しかし、わしは明智さんよりほかには、けっして白状しません。だから、明智さんは、席を立たないでさいごまで、ここにいてほしいのです。もし、明智さんが立ちされば、わしは何も言わないつもりです。」
捜査課長は、それをきくと、うんざりしたように、おしだまってしまいました。明智探偵も、そうまで言われては、部屋を出るわけにいきません。またしても、無言のにらみあいがつづきました。
そして、三十分もたったころ、入り口のドアがひらいて、ひとりの警官がはいってきました。警官は課長と係長に敬礼してから、明智のそばに近づき、
「明智先生、先生にあいたいと言って、小林という子どもが来ているのですが、あちらでおあいになりますか。」
と、たずねました。すると、明智が何も答えないさきに、怪老人がとつぜん口をひらいて、
「小林君を、ここへ通してください。わしがまっていたのは、あの少年です。」
と、どなるように、言いました。
「いや、それはこまる。ぼくは、小林君に、ないみつの話があるんだ。ちょっと、しつれいします。」
明智がそう言って、立ちあがろうとするのを、なぜか、中村係長が、おしとどめました。
「明智君、席を立たないでください。でないと、とりしらべが、うまくいかない。きみ、かまわないから、小林少年を、ここへつれてきたまえ。早くするんだ。」
警官が一礼して立ちさると、まもなく、ドアのそとに、おおぜいの足音がして、そこにパッと花がひらくように、思いもよらぬ人があらわれました。
「アッ、おくさんでしたか。よくごぶじで……。明智君、よろこびたまえ。小林君が、きみのおくさんをたすけだしてきたらしいよ。」
中村係長が明智の肩をたたきました。
部屋の入り口には、美しい明智文代さんが立っていたのです。小林少年と四―五人の中学生が、文代さんをまもるように、そのりょうがわにならんでいます。
明智は文代さんと顔を見あわせて、かるく、うなずいてみせました。
「小林君、ここへ来て、報告したまえ。どうして、おくさんをみつけだしたのだ。」
中村係長のことばに、小林君は「ハイ。」と答えて、二―三歩まえに出ました。そして、ゆうべからのことを、かいつまんで、ものがたるのでした。
「ゆうべ、ぼくは、おくさんの寝室のとなりにねていたのですが、真夜中に、ふと気がつくと、おくさんの部屋のまえで、ボソボソと人の声がしているので、ドアをほそめにあけて、ソッとのぞいてみますと、中村係長さんと新聞記者の黒川さんとが、おくさんを、どこかへ、つれだそうとしているところでした。
ぼくは、なんだかへんだと思ったので、べつの廊下から裏庭へおりて、門のそとをみると、むこうに一台の自動車がとまっているのです。ふたりはこの自動車におくさんをのせて、どこかへゆくつもりにちがいありません。
そこで、ぼくは、とっさに考えました。おくさんをつれだすような大事件を、中村さんや黒川さんが、ぼくにひとことも言わないのは、おかしい。ひょっとしたら、このふたりは、うまく変装した、にせものじゃないかしらと、思いました。でも、いま、さわぎたてたら、おくさんの身に、きけんなことがおこるかもしれない。それよりも、ソッとあの自動車の行くさきを、つきとめるほうがいい。ぼくはそう考えたのです。
それには、ずっとまえに、先生とぼくとで発明した、うまいやりかたがあるのです。ぼくはおおいそぎで、物おき小屋の中から、小さなブリキカンをとりだして、それを自動車の車体の下にくくりつけました。ブリキカンの中には、コールターがはいっていて、カンのそこに、キリで小さな穴があけてあるのです。穴にはめたせんをぬくと、そこからコールターが糸のように地面にたれ、自動車がすすむにつれて、どこまでも、そのコールターの糸がつづくのです。ちょっと見ては、わからないような、ほそいすじが、地面にのこるのです。
ぼくはけさになって、ちかくの少年探偵団員を五人あつめました。それから犬屋にあずけてある明智先生の『シレ』というシェパードをつれだし、コールターのにおいをかがせて、地面のあとをつけさせたのです。そして、おくさんのとじこめられている家を、みつけたのです。ここにいる団員が、その家を見はっているあいだ、ぼくは公衆電話で、中村係長さんに、このことを報告しました。」
小林君がそこまで話したとき、中村係長が口をはさみました。
「午前中にぼくが一度、部屋を出たでしょう。そのとき、小林君の電話を聞いたのです。そして、小林君たちをたすけるように、部下のものに命じたのです。それが、うまくせいこうしたのです。」
「ワハハハ……、ゆかい、ゆかい。わしもおいぼれたもんだなあ。こんなチンピラに、してやられるなんて……。」
怪老人が、とつぜん笑いだしたので、みんなビックリして、そのほうをながめました。
「小林君、さすが明智探偵のこぶんだね。うまくやった。わしからも、ほめてやるよ、だが、きみのてがらは、それだけじゃあるまい。もっとたいへんなものを、みつけてきたはずだ。かくさないで、それもここへ、つれてきたまえ。」
老人が、いやに元気づいて、みょうなことを言うので、小林君は目をパチクリさせて、明智探偵のほうを見ました。
「先生、つれてきてもいいんですか。」
ところが、明智は何も答えません。へんな顔で、小林君をにらみつけているばかりです。
「いいよ、いいよ、小林君、はやくつれてきたまえ。明智先生も、さぞビックリなさることだろう。ワハハハ……、ゆかい、ゆかい。」
怪老人は、いよいよ元気になってきます。
いったい、これはどうしたというのでしょう。怪老人のほうが明智探偵よりも、いろいろなひみつを知っているようです。なんだかおかしいではありませんか。
小林君は中村係長に、目でそうだんをしました。すると、係長がうなずいてみせたので、そのまま、部屋のそとへ出ていきました。小林少年はだれをつれてくるのでしょう。そして、こんどは、どんなふしぎがおこるのでしょう。